君に選ばれなかった僕は、大学の年上先輩に溺愛されています

もとこう

第1話 さよなら、幼馴染

夏の夕暮れに、蝉の鳴き声が遠くで薄れていく。

あのグラウンドの向こうで、いつも一緒に帰っていた彼女が、もう違う道を選ぼうとしていた。


「……ごめん、悠人。そういうふうには、見られない」


彼女――桜井沙耶さくらいさやは、視線を逸らしたまま言った。

制服の胸元についた白いリボンが風に揺れて、やけに眩しく見えた。


俺は笑うつもりだった。けど、声が出なかった。

心の中で何度もセリフを考えてきたのに、どれも口から出てこない。


「だって悠人って、昔から優しすぎるし。恋人っていうより……弟、みたいな感じ?」


優しい言葉で突き放されるのが、一番痛い。

彼女は悪くない。……そう思いたかった。


だけど、どうしても涙が滲む。


「……そっか。うん、わかった」

それだけ言って、俺は笑顔を作る。

たぶん震えていた。


沙耶は安堵したように小さく笑って、「ありがとう」とだけ残して、その場を去った。

振り返らず、まっすぐ歩いていく。

俺の“高校最後の夏”は、その後姿と一緒に、静かに終わった。


帰り道、商店街のカフェの前を通ると、ガラスに映る自分の顔がやけに冴えない。

目に力がない。髪も伸びっぱなし。

ああ、こういうところなんだろうな。

釣り合うって、そういうことなんだろう。


家に帰ると、母が夕飯の準備をしていた。

「沙耶ちゃん、元気だった?」

その一言に喉が詰まり、曖昧に笑うしかない。


全てが、終わった。


それから半年。

受験を終え、大学合格の通知を手にしたとき、真っ先に思ったのは――「この街から出たい」だった。

向こう見ずな決意だったけど、もう同じ風景は見たくなかった。


桜井沙耶とすれ違うたび、胸が痛んだ。

忘れたい。

けれど、忘れたくない。


矛盾のまま、俺は新しい環境を求めて、関西の大学に進学を決めた。


引っ越し当日。

荷物を詰め込んだ段ボールの上で、母が笑って言う。

「ちゃんと食べるのよ。大学、楽しんできなさい」

「うん。……ありがとう」


リュックを背負い、玄関を出る。

振り返ると、早咲きの桜がひと枝だけ花を開かせていた。

その花を見た瞬間、やっと心のどこかで区切りがついた気がした。


過去を置いていく。

あの夏の夕暮れも、彼女の「ごめん」も。


これからの俺は、ただの“真田悠人”として歩いていく。


そして――その未来の先で、俺は出会うことになる。

忘れられないほど、甘くて優しい人に。

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