ナディア・クライノートは筆を折る。

藤咲紫亜

第一稿 やっぱり掴みはテンプレで。

「ナディア・クライノート、私は真実の愛を見つけた! お前との婚約を破棄させてもらう!」


 王都に程近い、小高い丘の上に作られたノーヴァ帝国魔法学校。

 その、緑薫る中庭での出来事だった。


 心地よい春の日差しの中、持参したサンドイッチを一人のんびり頬張っていた。

 そこに婚約者のノーヴァ帝国第三皇子ヴィラントが足早に近付いてきて、昼休みを楽しむ生徒達の面前で私に突然宣言したのだ。

 

(……ええ、と?)

 ぬるくなった紅茶でサンドイッチを慌てて胃に流し込むと、私はナプキンで口元を拭き拭き、身だしなみを整えて優雅に立ち上がった。


 ヴィラント皇子は整った顔に、厳しい表情を浮かべている。

 陽を受けて輝くヴィラントの金色の髪。


 間違えてはいけない。

 ここは、これで合っているはず。

 胸を張り、ツン、と取り澄ました顔で皇子を見据える。


「婚約破棄? どうぞご自由に!」


 これが、流行りの台詞。

 『月が綺麗ですね』を受けたら、『死んでもいいわ』で返すように、お決まりの文言なのだ。


「どうしたんだろ、あの二人……」

「痴話喧嘩?」


 ザワザワと周囲の生徒達が騒いだ。


(返しやすいテンプレ通りの御言葉、痛み入ります殿下)

 特に思い入れのある婚約でもないし、周囲の邪推は甘んじて受けよう。


 でもその後、興味を抑えられなかったのが災いした。

 好奇心が猫を殺した。


「真実の愛と仰いましたわね。最後に、お相手がどなたかお聞きしても?」

 この言葉にヴィラントは頬を赤くした。


 何その純情そうな反応は。

「真実の愛ゆえ、隠すべきではないだろう! こ、これだ」

 ヴィラントは、懐からサッと一瞬だけ四角いものを見せた。


 いや隠すの速すぎて見えないし。

 見えなかったのだが、私はその品を『よく知っていた』。


 知りすぎていて悲鳴をあげそうだった。

 あれは私の黒歴史。

 『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』——略してハメレイ!!


 ヴィラントは赤面したまま叫んだ。

「この悲運の悪役令嬢マチルダが……いや、この可憐な令嬢達全員が! 私の運命の女性達だ! 悪いが、三次元の女に興味は無い!」


 やめて!

 綺麗な顔で私の黒歴史を大声で叫ばないで!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る