武装花嫁【読切版】

渡貫とゐち

第1話


 東京。新宿の地下、奥深く。白い照明で照らされているのは、鉄骨で組み上げられた高い塔――ここが闘技場、その舞台リングとなる。


 鉄骨の間には板が挟まっており、鉄骨が剥き出しになっているわけではない。即席ではあるが、ある程度の頑丈さを持つ建造物と言えるだろう。


 内装は、まるで古城のようだった。


 ぎぃ、という古めかしい軋んだ音を立てて扉を開け、その古城へ足を踏み入れたのは――少女だ。


 頭、肘、膝にサポーターを付け、スポーツウェアを着た、特に筋肉が付いているわけでもないおとなしそうな少女だ。


 彼女の名は河原(かわはら)ミト。


 サイズの小さい服のせいか、おへそが出ている彼女は線が細く、スタイルが良いが、意図したものではない。


 引き締まっているのも彼女がたまたまそういう体質であっただけで……つまり、この場にはそぐわない。彼女はおどおどと、周囲を窺っている。


「うぅ……寒い……で、す……」


『――聞こえるか? 聞こえたら返事しろ。…………おい、聞こえてんのか!?』


「きこっ、聞こえてますっ。耳元で大きな声を出さないでくださぃぃい……!」


 耳にはめたイヤホンから聞こえてくる怒鳴り声。

 声が高いが、それでも少年のドスを利かせた声が響く。


 怯えた少女がその場でうずくまってしまい、立ち上がれていなかった。


「や、ヤです怖いですっ、わたし――けんかなんてしたことないんですっっ!!」


『んなこと言っても仕方ねえだろ。あのジジイの誘いに乗って、オマエは参加を決めたんだ。自分を変えたいから――じゃねえのかよ。そう聞いてるけどな』


「誘導尋問なんですぅ!!」


『だとして。誘導されたオマエが悪い。諦めろ』


 と、耳元から突き放す声。


 少女――ミトの流されやすい性格のせいでこうなっている。だとしても、問答無用(いいや問答はあったのだが)で放り込まれた場所は最悪の舞台だった。


 観客がいる。そして、賭けがおこなわれている、女子高生が『けんかをする』闘技場である。


 幸い……幸い? 同年代が集まっているので体格の差はないはずだ。しかし、技術の差はあるだろう。


 ミトの対戦相手――は、ここからでは見えないが、腕に……いいや、足に自信がある経験者だ。


 対戦相手の顔写真が大きなモニターに映っていた。


 名前もある……渡会(わたらい)ひばり。金髪ポニーテールの少女が、鉄骨で組まれたこの古城の、どこかにるはずなのだ。


 相手の姿が見えない今この状況から、相手を探し、戦う。

 相手を気絶させるか、ダメージポイントを先に一定数先取した方が勝利となる。


「痛い、のは、イヤ、です……!」


『それを力強く言われてもな。勝つには接近するしかねえし。それとも、不意打ち一発で決めるか、だな。……オマエと対戦相手の位置をオレは分かってる。指示を出すぞ――きちんと聞いて動けよ?』


 パートナーとなった少年は別室から舞台を見ている。

 鉄骨で組まれた古城の内部、その全貌を把握しているのだ。どういうルートを辿れば、相手の不意を突いて攻撃できるのかも、手に取るように分かる。だが……それは相手も同じなのだ。


 戦う少女と、指示を出す少年に分かれているのだから。


『指示を出すが、一言も聞き漏らすなよ?』

「…………」


『返事しろ!』

「わひゃい!?」


 こうして、前途多難な試合が開始される――――





 時間は数時間前へ遡る。


 深夜の新宿、暴れ足りずに不良どもと喧嘩をしていた少年、高峰(たかみね)おうぎ――喧嘩をしたのに傷ひとつ……それ以前に汚れすらない目つきの悪い少年は、杖をついたとある老人と出会った。


 老人は、腰が曲がっているわけでもないのだが、小さかった。だが、威厳がある。


 老人の登場で、現場の空気が引き締まった気がした。


「ほっほ、全て見ていたが、なかなかやるな、小僧」

「次はオマエか?」


「見境がなさ過ぎるなあ……こんな老人を仮にぶっ飛ばしたところでスッキリしないだろう?」


 と言いながらも。

 技術で組み伏せられる、とでも言わんばかりの自信がありそうだ。


 老人の余裕は、気味が悪い。そう見せるためのブラフだとしたら、これこそが長生きした者にしか使えない手なのかもしれない。


 実際、高峰も手が出しづらく、睨みつけることしかできていなかった。


「……なんの用だよ」


 足下で呻いている外国人の不良たちを足蹴にしながら。


 骨を折ったわけでもないのにうるさい奴らだ、と高峰が彼らを見下している。……ガタイの良い屈強な外国人であるのだが、高峰の手にかかれば体格の差は関係ない。


 細い彼の体にどこにそんな力が、と思うかもしれないが、筋肉と言うよりは、彼のは技術の喧嘩だ。


 体重移動、的確に最大ダメージを与えられる場所を狙って拳を叩き込んでいる……師匠の腕が良いと弟子は優秀になるわけだ。


 誰が見ても認める完封勝利。

 喧嘩慣れどころかかなり強い部類に入るだろう……少なくとも、このあたりでは負けなしだ。ただ――それは武器を使わない腕っ節のみであれば、の話だが……。


「暴れ足りんのなら、参加してみる気はあるか?」


 これなんだが、とペラ一枚を見せられる。

 老人から広告を受け取り、高峰が確認すると、


「……? 地下闘技場での、賭けバトルかよ。アンタ、何者(なにもん)だ?」


「権力者。まあ、合法違法は考えずともよい。儂に任せておけば、悪いようにはせんよ――」


「不安を煽る言い方だな……そもそも、これに参加するメリットがこっちにはねえ」


「勝っても負けても大金を払うが? 事情がある学生を募っておるからのう、オマエのような居場所がない人間が多く参加しておるよ。簡単な話、居場所を提供してやろうと言っているんだ」


「偉そうに」


「実際、偉いんだ……権力者だと言ったろう。このあたりの土地は全て儂が管理していると言ってもいい」


 その言い回しに、高峰が違和感を抱く。


「言ってもいい? 正式には、じゃあそうとは言えねえってことだろ」


「管理者の名前は違うが……元を辿れば儂なんだよ」


 らしいが、証明しろ、と言うほどの興味はなかった。


 年老いた男が自信満々にそう言うのだからそうなのだろう。……ボケていなければ、だが。

 しかし、見える威厳と、絶対にブレない自信が真実だと証明しているようなものだった。彼の手にかかれば、違法でも合法になりそうだ。


 胡散臭さは取れないが……嘘を言う男には見えなかった。


「……断ったらどうする?」


「企画を知った以上、口封じはするかもしれんな」


「……チッ、じゃあ断れねえじゃねえか」


 新宿の闇――に触れるほどではないが、この老人を敵に回せば多数のヤバイ奴を引き寄せてしまうだろう。


 今はまだ不良の喧嘩で収まっているが、裏社会が絡んでくると面倒だ。


 なにより、高峰本人ではなく、その周りの人間が危ない目に遭ったら……そう考えると、やはり断れない。


「…………いいぜ、乗った。暴れ足りないのは事実だ。充分に暴れることができるってんなら、やってやる」


「ほっほ、歓迎するぞ、高峰おうぎ――」

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