第12話山を越えて、焚き火の夜

* * *

午後の陽が山の稜線を赤く染めていた。岩場と急斜面が続く道を、俺は必死に足を運ぶ。靴底が石を踏むたび、鈍い音が響く。

(……ゲームならスタミナバーがゼロだな)

息が上がり、肩で呼吸する。杖を支えにしながら、何とか前へ進む。

「ケイタ、平気?」

萬子さんが振り返る。軽装のせいか、まだ余裕がある笑顔だ。

「……まあ、なんとか」

声がかすれる。情けないけど、正直きつい。

エルさんは本を抱えたまま、落ち着いた足取りで歩いている。

「山道は慣れないと骨が折れるね。もう少しで平地に出る」

その声は穏やかで、妙に安心感があった。

* * *

太陽がさらに傾き、空が茜色に染まる。影が長く伸び、風が冷たさを帯び始めた頃、エルさんが立ち止まった。

「今日はここで野営しよう」

俺と萬子さんは顔を見合わせ、頷く。

エルさんが本を構え、地面に低く呟いた。

「――土よ、形を成せ」

その瞬間、空気が変わった。足元の土が震え、低い唸りを上げる。地面が盛り上がり、まるで生き物のようにうねりながら形を作っていく。

土の塊が互いに絡み合い、壁となり、屋根となり、滑らかな曲線を描いて組み上がる。刻印の光が土の表面を走り、模様が淡く輝いた。

「……すげぇ」

思わず声が漏れる。目の前で、ただの土が石になり家になっていく。隅々まで整っていて、まるで職人が仕上げたかのようだ。

エルさんは淡々とした口調で言った。

「土属性は便利だよ。こういう場面では特にね」

(……これが同じ土刻印の力? 俺の土壁なんて泥遊びじゃないか)

* * *

萬子さんが荷をほどき、調理を始める。異界の食材と調味料に四苦八苦しながらも、手際よく鍋をかき混ぜる。

「うーん、味の保証はできないけど……なんとかなるかな」

鍋から立ち上る香りは、意外にも食欲をそそった。

やがて、シチューのような料理が完成した。

「はい、できたよ!」

萬子さんが鍋を差し出す。俺とエルさんは恐る恐る口に運んだ。

「……うまい」

思わず声が出る。萬子さんの手料理が食べられたことに、胸の奥がじんわり熱くなる。

エルさんがスプーンを置き、満足げに笑った。

「この味……面白いね。こちらの世界でいうミルダススープのこってりしたものに近い、見事だよ」

萬子さんが肩をすくめる。

「適当に混ぜただけなんだけどね」

* * *

焚き火の炎が揺れ、夜の冷気を追い払っていた。俺はその光を見つめながら、胸の奥に重いものが沈んでいくのを感じていた。

(……本当に、俺にできるのか? 王の証なんて、名前だけで現実味がない。見つけなきゃ帝国が危ないって言われても、俺はただの中学生だぞ)

指先が杖を握りしめる。異世界のローブに身を包んでいても、心の中は不安でいっぱいだ。

(萬子さんは強い。エルさんは知識も力もある。でも俺は……何ができる? 水と土の刻印? それで何を守れる?)

思わず口を開いた。

「……正直、怖いんだ。王の証なんて、俺に見つけられるのか? この世界のことも、まだ何も分からないのに」

声が震えたのが自分でも分かった。

萬子さんが即座に笑顔で返す。

「できるよ、私たちなら。ね?」

その言葉は軽いようで、妙に力強かった。俺の胸に、ほんの少し温かさが灯る。

エルさんが穏やかに言った。

「不安なのは当然だ。でも、明日には最初の街に着く。そこに着いたら、この世界の街に触れてみないか。きっと、少しは気が楽になる」

俺は焚き火の炎を見つめながら、深く息を吐いた。

(……本当に越えられるのか、俺に。でも……初めての街、どんな景色が待ってるんだろう。少しだけ……楽しみだ)

* * *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る