委員長と遊ぼう
赤雪トナ
第1話 こんな日常
高校二年になって一学期の中間考査が無事終わり、これといったこともなく時間が流れている。
テスト結果は可もなく不可もなく。悪すぎなければ十分だろう。悪過ぎたら怒られるけど、好成績をとってもこれといって褒められることもない。
明確な将来ビジョンがあれば勉強に身が入るんだろうけど、そういったものがないからどうにもねー。
掃除が終わり、ホームルームが始まる。連絡事項を先生が話していき、委員長の名前を呼ぶ。
「海山、あとは頼んだ。決まったことを俺に知らせてくれ」
先生に声をかけられて委員長がすっと立ち上がる。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばしたメガネをかけた美人。まとう雰囲気も凛としたもので、切れ長の目や綺麗な姿勢も相まってクールな印象を与える。もしくは堅物と言う人もいるだろう。そのためか近寄りがたいという感想を持つ人もいるみたいだ。委員長として相応しい立ち振る舞いに雰囲気を持っていると誰もが頷くはず。
誰かと話す姿は見るけど、親しくしているところを見たことはない。
委員長が教壇に立ち、俺たちを見る。先生は委員長に任せたら問題ないとばかりにさっさと職員室へと帰っていった。
先生がいなくなったとたんに教室の雰囲気が緩む。
そんななか委員長が口を開く。
「体育祭まであと二週間。今日は参加する競技を決めます。菅野君、前に」
委員長に名前を呼ばれた体育祭委員の菅野がプリントを持って教壇に立つ。
予備のプリントを受け取った委員長が競技を黒板に書いていく。
「委員長が言ったように参加する競技を決めるぞー。まずはなにがあるのか話していくからちゃんと聞いていてくれ」
委員長は黒板に綺麗な文字で体育祭と書いて、さらに競技を書いていく。競技は去年と変わりなさそうだ。
俺はなにに参加しようか。運動はそこまで好きってわけじゃないし、大変なものは遠慮しておきたい。
そんなことを考えつつ、なんとなく委員長を見る。
競技を全部書き終えた委員長はぱんぱんと手を叩いてチョークの粉を落としていた。
そのまま自分が書いた競技を見ている。なにに参加するのか考えているみたいだ。
菅野が委員長の方を見た。
「委員長は走るやつを頼みたいんだけどいいか? 運動が得意と女子たちと話していたのを聞いたことがあってな」
俺もちらっと聞いたことあるな。友達と話しているときに体育の授業でいい動きをしたとか聞こえた。
顎先に曲げた人差し指を当てて、考え込む様子を見せた委員長は小さく溜息を吐いた。美人だからそういった所作も似合うわ。
「……まあいいわ。と言ってもどの競技に出るのかだけど」
走る競技は体育祭の花形ということで、いくつか種類がある。
短距離走、長距離走、障害物競走、借り物競争、クラス対抗リレー。
俺だったら借り物かな。純粋に足の速さを競うものじゃないし楽ができそう。
まあ競争系統の競技は最初から出る気がしないから、綱引きにでもでるつもりだ。
「クラス対抗リレーがお勧めだ」
一年から三年の同じ組の代表が組んで走る競技で、部活対抗リレーとそろって体育祭の目玉になっている競技だ。
「お勧めというか出る人が少ないからでしょ。わかった、それにする」
「助かる。それと一つだけじゃなくてもいいんだぜ」
「もう一つやれって? 気楽にできる借り物か玉入れにでもしておきましょうか」
そう言って委員長はプリントに自分の名前を書き込んでいった。
どちらか片方のつもりだったんだろうけど、ホームルームが終わると借り物競争と玉入れどちらにも出ることになっていた。
「この調子でほかのやつらも決めていくぞー」
菅野が俺たちを見て言う。
幸い乗り気なやつが多めだったんで、決まるのに時間がかかるってことはなさそうだ。
俺はなにかにでてくれと頼まれるようなこともなかったんで、希望した綱引きに決まった。
参加競技が決まって、ホームルームが終わる。
クラスメイトは部活に行くもの、雑談に興じるもの、帰るものとそれぞれ思い思いに過ごす。チアリーディングや応援団をやるやつらは今日から集まるみたいで、そっちへと向かっている。
「聡、行こうぜ」
「あいよー」
友達の宏一に声をかけられ、席を立つ。気乗りしないけど仕方がない。美術の先生には事情を考慮してもらっているし、手伝いで恩を返さないと。
「体育祭楽しみだな」
「楽しみか?」
本当にわくわくしてやがんな。駄目と言うつもりはないけど、そこまで楽しみにできるもんかねー。
「祭り騒ぎは楽しいもんだろ。聡も一つだけじゃなくてもっと競技にでればよかったのに。体力はあるんだしよ」
たまにやるバイトが体力の必要なもので、初めてやったとき疲れ果てたから最低限の体力はつけておこうとたまにジョギングしている。それを宏一は知っていた。
「そう言うお前さんはクラス対抗リレーに短距離走。たぶんだけど部活対抗リレーにもでるんだろ?」
「おうよ」
「美術部だってのにそこまでよくやれるな。文化祭の方ではしゃぐならまだわかるけど」
「楽しめるうえに歩美にかっこいいところを見せられるしな」
「そんなふうに恋人にかっこいいところを見せなくても十分ラブラブだろ」
いやーと照れる宏一。
高校入学前に告白して付き合うことになった恋人とは本当に仲が良いからなー。一緒のクラスだったらずっとイチャイチャしてそうだ。
高校二年になるまでに何度も惚気を聞かされたり、いちゃつくところを見てきたわ。
「お前も恋人を作ったら、少しはやる気がでるんじゃないか」
「恋人どころか仲の良い異性なんていないぞ」
「美術部の誰かを紹介しようか?」
思わず「遠慮する」と即答してしまった。
「そんな即答しなくても。絵を描けとは言われない、こともないか」
「すまんが、絵を描こうとは思わない」
「しょーがないか。こうして美術部の掃除とかに付き合ってくれるだけでもましなんだろう」
描きたいという思いが、どうしても湧いてこないんだ。
前はあんなに筆を持つのか楽しかったってのにな。
若干重い足取りで美術部に入る。
何人かの美術部がすでにいて、床掃除や筆の手入れや画材の整理とかをやっている。
「おー、もう始めてたか」
「そうですよー。先輩たちもさっさとやってください」
「おうよ」
机の拭き掃除を任されて、授業でついた絵具などをふいていく。
二十分ほど掃除していると、顧問がやってくる。
三十歳のメガネをかけた男性教諭で、名前は小山。
「そろそろ掃除終わったか?」
「終わりまーす」
「じゃあそれぞれ開始してくれ、順番に回ってアドバイスしていくから」
「はーい」
「俺も続きを描こうかねー」
宏一も書きかけの作品を取ってくる。画用紙をカルトンに固定して、イーゼルに置く。
猫と遊ぶ同世代のデッサンだ。モデルは恋人だった。宏一が描くのは動物絵か恋人の絵だ。
「柏崎はこっちに」
先生に呼ばれて準備室に入る。
いろいろと画材などが置かれている小さな部屋に、先生の机がある。その机には何枚かの写真があった。
学生時代の先生が年上と写っているもの。家族写真らしきもの。どこかの絵画展で複数人と写っているもの。
最初の写真は先生に絵を指導した恩師らしいと聞いたことがある。その恩師の先生が俺の爺ちゃんだということも。
その繋がりで、俺のことを気にかけてくれているようだ。
「いつもと変わらない質問だが、まだ描く気にはならないか」
気遣うように聞かれて首を横に振る。
「はい、その気はないです」
「そうか。まあ無理強いする気はない。だが描きたくなったらいつでも言ってくれ。力になる」
「ありがとうございます。そのときが来たらお願いします」
何度か繰り返したやりとりだ。
俺を思ってのことだからしつこいと跳ねのける気はないし感謝も本物。でも描こうという気は起きない。
そんな状態で美術の授業に参加しているのだから、当たり前ながら成績は低い。
赤点になりそうなところをボランティアで帳消しということにしてくれていて助かっている。たださぼっているだけなら赤点にされるんだろうけど、俺が筆をとらない理由を知っているから赤点は免除してくれるのだ。
話を終えて、美術準備室から出て教室に戻る。
廊下を歩いているとあちこちから部活に励む声が聞こえてくる。
楽しそうとは思うけど、参加しようとは思わない。やる気がいまいち出ない。
高校一年のときからこうだし、部活に入らず卒業しそうだ。
そんなことを思って教室の入口まで来ると、誰かの調子の外れた鼻歌が聞こえてきた。
(どこかで聞いたな)
なんだっけと思いつつそっと教室を覗いてみると、委員長が自分の机でなにかを書いていた。
委員長のほかに誰もいないから、鼻歌の主は委員長だ。集中しているようで、こっちに気付く様子はない。
小さく笑みが浮かんでいて、いつもの凛とした雰囲気が緩んで見える。
珍しいものを見た気がする。真面目な委員長もああいった表情を見せるのか。
(思い出した。やったことのあるレトロゲーの音楽だ)
それなりに有名なゲームだから、音程が外れていてもわかった。
鼻歌を歌うくらいなら珍しくもないけど、その選曲は意外だった。
もっと流行りの歌を歌いそうなのに。
(さてどうしよ。集中の邪魔をするのは悪いよな。でも鞄を取りたい)
こっそり入ってこっそり出るとしよう。
忍び足を意識して教室に入ると、うっかり入口近くの机に脚をぶつけた。まぬけな自分に苦笑しか浮かばん。
当然委員長はこっちに気付いた。
「柏崎君?」
「邪魔してごめん。静かに入って出ていこうと思っていたんだけどな」
「もしかして聞いてた?」
ちょっとばかり恥ずかしそうに聞いてくる。
それに鞄を手に取りつつ返す。
「鼻歌くらいなら珍しくもないだろ。珍しい曲ではあったけど、下手ってわけでもなかったし。じゃあまた明日」
「珍しい曲ってことはもしかして」
なにか言っていたけど、さっさと教室から出る。
学校から出て、冷蔵庫の中身を思い出しながらスーパーに向かう。
昨日は焼き魚だったし、今日はお肉にしよう。たしか生姜焼きのタレがまだ残っていたな。玉ねぎもあるし、生姜焼きだ。
一人暮らしだと家事はめんどいけど、自由に自分の好きなものを作れるからいいよな。自由にやりすぎて、栄養が偏るのを怒られることはあるけど。
スーパーの入口でカゴをとって、肉売り場で豚肉を手に取る。
「ほかに買う物は……あ、シャンプーとリンスをそろそろ買っておかないと。これ以外だとなにかお菓子でも買って帰ろうか」
ぽいぽいっと必要なものをカゴに入れて会計をすませる。
スーパーを出て、十分ほど歩いて家に到着だ。二階建てアパートの二階が俺の家。一人暮らし用で広すぎないから掃除も楽だ。
買ったものを冷蔵庫に入れて、学生服から部屋着に着替えて、朝に干した洗濯物を取り込む。
ささっと畳んでタンスに入れて、買ってきたお菓子をあける。パソコンを立ち上げて、ネットからBGMを流しながら今日の宿題をやっていく。
いい感じに集中してときにインターホンが鳴った。
「誰だ?」
もう一度鳴って「はいはい」と言いながら玄関の覗き穴を見ると、見知った顔がいた。近所に住む甥っ子だ。小学校五年生で生意気になってきた。
「いらっしゃい、祐介」
「これ母さんが持っていけって」
差し出してきたのはビニール袋に入った野菜。トマトにジャガイモにピーマンだ。
「ちゃんと野菜食ってんだけどなー。今日も玉ねぎを使った生姜焼きだし。まあありがたいのはたしかだ、礼を言っていたと伝えてくれ」
「うん、わかった」
「少し遊んでいくか?」
時間があるときはゲームで遊んでいくのは珍しくない。
祐介は少し迷った顔になったけど首を横に振る。
「夜に友達とゲームで対戦することになっているから、さっさと宿題終わらせないと」
「なにで遊ぶんだ?」
「マ〇オカートの一番新しいやつ」
「ス〇ッチ2、手に入ったんだな」
「うん、やっとだよ。兄ちゃんは買わないんだっけ」
「最新機種は特に興味がないなー。お金も余裕ないし。昔のものでも面白いものはあるからそれで十分だ」
「そっか。じゃあ帰る」
「気を付けて帰るんだぞ」
階段を勢いよく下っていく祐介を見送って、家に入る。
もらったものを冷蔵庫に入れて、宿題に戻る。
七時になる前に宿題を終わらせて、ご飯を作る。
決めてあったメニューにカットしたトマトを追加して、テーブルに置いた。
明日の夕食はピーマンを使ったなにかにしようと思いつつご飯を食べていく。
食器の片付け、明日の授業の準備、風呂。それらをすませて、十一時前までやりかけのレトロゲーで遊ぶ。
寝る前に、スケッチブックと鉛筆を取り出す。
「……」
真っ白な紙に、鉛筆を近づけようとして止まる。
以前は何も考えずに動かせたのに、今ではどうしても動かない。
「はあ」
溜息を吐いてスケッチブックを閉じる。
爺ちゃんと一緒に移った写真に、おやすみと言ってからベッドに入る。
高校に入って一人暮らしを始めて、こんな暮らしが続いてる。
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