悪役貴族、剣を捨てて法と金で無双する~破滅予定なので、契約魔法で勇者を差し押さえ、ブラック領地をホワイト企業に再生します~

他力本願寺

第1話 破滅予定の悪役貴族ですが、まずは「B/S(貸借対照表)」を整理します。


 世界には二種類の人間しかいない。「搾取する者」と「搾取される者」だ。

 前世の私は、間違いなく前者だった。


 法律とそろばんを武器に、倒産寸前の企業をハイエナのように買い叩き、解体し、利益に変える企業再生コンサルタント。それが私の仕事だった。


 だが、まさか死後の世界でも、同じことをする羽目になるとは。


「……旦那様。アルバート旦那様。起きてください、借金取りが来ております」


 耳元で囁く、老執事の沈痛な声で目が覚めた。


「ボークス男爵家の使いです。『契約庁への申立て』をちらつかせておりまして……このままでは旦那様の命が危ういかと」


 重い瞼を開ける。視界に入ったのは、豪華だが随所が薄汚れた天蓋付きのベッド。そして、自分の腹だ。

 視界の下半分を埋め尽くす、だらしない贅肉の塊。


(ああ、思い出した。私は過労で死んで、この豚になったんだった)


 アルバート・フォン・アインホルン。

 私がかつてプレイしたRPG『救国の聖剣』に登場する、序盤の中ボス。

 領民を虐げ、私腹を肥やし、第3章で勇者に成敗されて処刑される、典型的かつ卑劣な悪役貴族(ヴィラン)。


 鏡を見なくてもわかる。今の私は、ひどく締まりのない顔をしているはずだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。問題は、今、執事が口にした言葉だ。


「セバスチャン。金額は?」


「……金貨3000枚です」


 セバスチャンが震える声で告げた。

 金貨3000枚。この世界の平民が一生かかっても拝めない大金だ。

 なるほど、詰んでいる。


 ゲームの知識通りなら、あと3か月後には勇者がこの街にやってくる。本来ならそこで私は殺される運命だが、それ以前の問題だ。

 勇者に殺される前に、破産して路頭に迷うか、相手に申立てを起こされて契約の罰則で死ぬかだ。


「……ふ」


 私の口から、低い笑い声が漏れた。

 執事がビクリと肩を震わせる。


「旦那様?」


「面白い。実に面白いじゃないか」


 ベッドから這い出る。重い体が軋むが、脳内はかつてないほどクリアだった。

 前世の私は、黒字の優良企業になど興味がなかった。

 ボロボロに腐り果て、誰もが見捨てた「不良債権」こそが、私の好物だ。それを極限まで削ぎ落とし、磨き上げ、黄金に変える瞬間こそが、私の生の証だった。


「セバスチャン、紙とペンを持ってこい。それと、屋敷にある契約書の控えと帳簿を全部だ」


「は? し、しかし借金取りが……」


「待たせておけ。お茶の一杯でも出して、適当に時間を稼げ」


「は、はい!」


 慌てて部屋を出ていく執事を見送り、私は記憶の中にある「この世界のルール」を反芻する。


 この世界――『救国の聖剣』の世界には、奇妙な設定があった。

 『真実の鎖(ヴェリタス・カテナ)』。

 契約成立の瞬間、その事実は世界の理に刻まれるという絶対法則だ。


 だが、即座に罰が下るわけではないのがミソだ。

 契約違反が起きた時、被害者が「申立て」を行い、世界が王都にある『契約庁(アーカイブ)』の原本を照会する。そこで初めて、物理的な罰則が執行される。


(つまり、現代の裁判と同じだ。「訴状(申立て)」と「六法全書(アーカイブ)」があり、手続きを経て「強制執行」がなされる)


 私はニヤリと笑った。

 机の上に置かれた羊皮紙を手に取る。


 前世、法治国家である日本ですら、法律と契約を駆使すれば人を殺さずに社会的に再起不能にすることができた。

 ましてや、契約不履行が「物理的な死」や「魔力剥奪」に直結するこの世界で、契約と会計で飯を食ってきた再生屋(わたし)が本気を出せばどうなるか?


 魔法? 剣技? ……野蛮だ。

 そんなものは、申立てと照会で無力化できる。


「お待たせいたしました、旦那様」


 戻ってきたセバスチャンが、山のような書類を抱えている。

 私は一番上の帳簿を手に取った。真っ赤な数字が並んでいる。典型的な自転車操業だ。

 だが、支出の項目を見た瞬間、私の目は「利益」を見つけ出した。


(使途不明金、高すぎる仕入れ値、無駄な接待費……それに、為替差損か? 王都で流行りの「王立銀行券」――金に換えられなきゃ紙切れだ――に手を出して損をしているな)


 なるほど、どいつもこいつも、無能な悪役貴族(わたし)をいいカモにしていたわけだ。

 それはつまり、これらを適正化するだけで、莫大な埋蔵金が生まれるということだ。


 私はペンを走らせる。

 まずは現状の資産と負債を可視化する。B/S(貸借対照表)の整理だ。

 そして、山積みになった書類の中から、一枚の羊皮紙――ボークス男爵との借用契約書の控え――を抜き出し、条文に目を通す。

 原本は王都の契約庁にあるが、内容を確認するだけなら控えで十分だ。


(……あった。第12条、『緊急時の猶予特約』。飢饉や疫病、戦乱――要するに“領が潰れそうな時”の保険だ。これを使えばいける)


「セバスチャン」


「は、はい」


「これから忙しくなるぞ。まずはこの屋敷の不用品を売却する。それから、ボークス男爵にはこう伝えておけ。『契約に基づき、支払いの猶予と再交渉を申し入れる』とな」


「えっ、そ、そんなことが通用するのですか? 相手は軍事力を持つ男爵家ですよ?」


「通用させるんだよ。……『契約成立』だ」


 もちろん、署名もないのに世界が動くわけじゃない。ただの口癖だ。

 だが私の中では、もう勝負は始まっている。


「それからセバスチャン。確保した資金の最優先事項だが、使用人の給金だ。遅配はしない。食糧も確保する」


「……えっ?」


 セバスチャンが、信じられないものを見るように目を見開き、やがて泣き出しそうな顔で深く頭を下げた。


「は、はい……っ! 仰せの通りに!」


 悪役貴族アルバート。

 彼の人生はここで終わる。

 そして今ここから、冷徹な経営者アルバートの、華麗なる領地再建劇が始まるのだ。


 さあ、まずは手始めに――あの「勇者」から、借金を取り立てるとしようか。

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