第5話: ダンジョン経営って、税金取られるんですね? じゃあ儲けます

第5話:


ダンジョン経営って、税金取られるんですね? じゃあ儲けます


「リリア・フォン・エルグレン。君の『お遊び』もここまでだ」


執務室の重厚な扉を叩きつけるようにして入ってきたのは、王国監査官のハインリヒだった。その後ろには、数人の書記官が、まるで罪人を捕らえに来たかのような険しい顔で控えている。


リリアは羽ペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。窓から差し込む午後の光が、彼女の淡い色の髪を透かしている。部屋には、微かにハーブの香りと、ダンジョンコアから漏れ出る冷ややかな魔力の気配が混じり合っていた。


「……お遊び、ですか。ハインリヒ様。ご挨拶にしては少々情緒に欠けますね」


「ふん。死傷者ゼロ、冒険者の満足度ナンバーワン……結構なことだ。だが、王国が求めているのは人道支援ではない。富だ。このダンジョンは、直轄地として正式に『ダンジョン特別税』の対象となった」


ハインリヒが叩きつけた羊皮紙には、法外な数字が躍っていた。 それは、並の領主であれば顔を青くして膝をつくような、法外な上納金の要求だった。


「リリア。君のような、攻撃魔法も使えない『役立たず』の令嬢に、この額が払えるか? 払えなければ、ここは公爵家……アルベルト殿の管理下に戻される。君はまた、あのご邸宅の隅で震えて暮らすことになるのだよ」


ハインリヒの言葉には、隠しきれない優越感が滲んでいた。彼にとって、魔力を持たぬ者は、数字を積み上げることすら許されない存在なのだ。


だが、リリアの反応は、彼の予想とは正反対だった。


「……なるほど。税金、ですか」


リリアは小さく、しかし鈴の音のように澄んだ声で笑った。


「コアさん。今の聞こえました? 私たち、ようやく『稼ぎすぎ』だと認められたみたいです」


『……全くだ。あんな見え透いた脅しに数字を乗せてくるとは、人間というのはどこまで強欲で、そして計算が苦手なのかしらね』


空中でチリりと魔力が爆ぜる。ハインリヒには聞こえない、相棒の皮肉な声。 リリアは立ち上がり、棚から一冊の青い装丁のファイルを手に取った。


1. 「訓練」という名の搾取

「ハインリヒ様。勘違いをされているようですが、私はこの場所を『慈善施設』だと言った覚えはありません。ここは、世界で最も効率的な『育成・生産工場』です」


リリアはファイルを広げ、ハインリヒの目の前に突きつけた。


「まず、こちらを。第1層から第3層にかけて設置した『状態異常耐性訓練コース』の収益報告です」


「訓練……? 冒険者は魔物を倒しに来るものではないのか?」


「古いですね。今の冒険者に必要なのは、死ぬ勇気ではなく、死なない技術です。当ダンジョンでは、わざと微弱な『麻痺』や『混乱』を付与し、その中でいかに動くかを教えるプログラムを組んでいます。指導料は1回あたり金貨3枚。……現在、予約は3ヶ月待ちです」


ハインリヒの目が、書類の数字を追って泳ぎ始めた。 「金貨、3枚……? そんな高額を、誰が払う」


「死にたくない人間全員です。怪我をしないから、装備の修理費もかからない。結果的に安上がりだと、現場(ロルフさんたち)からは大絶賛ですよ」


リリアは淡々と、しかし追い詰めるように言葉を重ねる。彼女の指先が、書類の上を滑る。紙の擦れる音が、静かな部屋にやけに大きく響いた。


2. 「毒」という名の黄金

「次に、これをご覧ください。素材売却益です」


リリアが指し示したページには、さらに桁の違う数字が並んでいた。


「……魔石の売却益が、これっぽっち? これでは維持費も出ないはずだ!」


ハインリヒが勝ち誇ったように叫ぶ。だが、リリアは憐れむような視線を彼に向けた。


「魔石? ああ、あんな効率の悪いものは捨て値で流しています。私の本業は、これです」


彼女は机の引き出しから、小さな遮光瓶を取り出した。栓を抜くと、部屋の中にツンとした、しかしどこか甘やかな香りが広がった。


「これは……?」


「ミストウルフの唾液から抽出した『鎮痛成分』と、スリープスライムの粘液を精製した『超高純度睡眠導入剤』です」


ハインリヒの顔から血の気が引いた。


「王都の医療ギルドが、喉から手が出るほど欲しがっている素材です。以前までの『討伐』では、魔物を殺す際に成分が変質してしまい、採取できなかった。ですが、私のダンジョンでは魔物を『生かして、定期的に採取』しています。いわば、魔物の放牧ですね」


「魔物を……飼っているというのか……?」


「『管理』と言ってください。殺して一度きりの魔石を得るより、生かして毎日毒素を吐かせる方が、資産価値は400倍になります。……計算、できますよね?」


リリアの瞳が、ゾッとするほど冷たく、そして理知的に輝いた。 彼女にとって、世界はすべて「仕組み」なのだ。感情で怒る必要などない。数字で相手の存在を否定すれば、それが一番確実な「ざまぁ」になる。


3. 無能の逆転

「さて、ハインリヒ様。ご提示いただいた税額ですが……」


リリアは、ハインリヒが持ってきた納税通知書を、指先で軽く弾いた。


「この程度でよろしいのですか? 私の計算では、来月にはこの3倍の収益が見込まれます。王国がもっと予算を必要としているなら、寄付という形でも構いませんが……その代わり、このダンジョンの『自治権』を完全に認めていただきます」


「……っ!」


ハインリヒは言葉を失った。 目の前にいる少女は、かつてアルベルトが笑いながら語っていた「魔法も使えない、お荷物の女」などでは断じてない。


彼女は、人の欲望を、恐怖を、そして生存本能をすべて数値化し、自分の手掌の上で転がしている。


「あ、それから。アルベルト様にはこうお伝えください」


リリアは窓の外、美しく整備されたダンジョンの入り口を見つめながら、氷のような微笑を浮かべた。


「『火力が自慢の貴方のやり方では、あと百年経っても私の納税額には届きません』……と」


「……リリア、君は……」


ハインリヒの手が、わなわなと震える。彼は、自分が連れてきた書記官たちが、すでにリリアの提示した「驚異的な収益データ」に魅了され、必死にメモを取っていることに気づいた。


感情ではなく、実績。 言葉ではなく、数字。


王国が「力」だと信じていたものは、リリアの効率的な統治の前では、あまりにも原始的で、野蛮な、時代遅れの遺物に見えた。


「調査は終了ですね? 私はお茶の時間ですので。……コアさん、次の区画の『幻覚キノコ』の収穫量を2%上げてください。王都の香料ギルドから追加発注が来ています」


『了解、管理者様。……ねえリリア。あの男、顔が真っ青よ。まるで私の作った「恐怖の霧」の中にいるみたい』


「失礼ね、コアさん。私は何もしていません。彼はただ、自分の知識が古くなったことに絶望しているだけです」


ハインリヒは、逃げるように部屋を飛び出していった。 その足取りは重く、まるでリリアの『鈍重』の魔法をかけられたかのようだった。


4. 静かなる勝利

一人残された執務室で、リリアは冷めた紅茶を一口啜った。


「……ふう。やっぱり、数字を説明するのは疲れますね」


『あら、あんなに楽しそうに追い詰めていたくせに。でもこれで、王国も手出しはできなくなったわね。貴女はもう、ただの元令嬢じゃない。王国の財布を握る「女王」候補よ』


「そんな面倒なもの、興味ありません。私はただ……誰も私を『役立たず』と呼べない場所を作りたいだけ」


リリアは、アルベルトから贈られた――そして今はもう捨てた――古い婚約指輪があった指を見つめた。そこには今、ダンジョン管理者の証である、無骨だが確かな魔力を宿した銀のリングが光っている。


「攻撃魔法が使えないから、戦えない? ……いいえ。死なせないからこそ、誰も私に逆らえないんです」


窓の外では、今日も冒険者たちが、リリアの作った「安全な地獄」へと、感謝の言葉を口にしながら吸い込まれていく。


その光景こそが、彼女が世界に突きつけた、最も残酷で、最も美しい復讐の形だった。


【今回の収支報告:ハインリヒ監査官・特別対応編】


精神的ダメージ: 測定不能(ハインリヒ氏のプライドが完全に損壊)


経済的利益: 王国への納税を「投資」に転換完了。自治権獲得まであと一歩。


アルベルトへの伝言: 「貴方の魔法、燃費が悪すぎませんか?」


「さて、コアさん。明日は『ストレス解消・絶叫幻覚ツアー』のオープン日です。準備はいいですか?」


『もちろん。人間の叫び声って、いい魔力源になるのよね。楽しみだわ』


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