第7話 文化祭は楽しまなきゃ損。
「え、手伝ってくれるの!?」
「だからそー言ってるだろ。しつけぇ」
平和が仏頂面で設置されたばかりの客用の椅子に座る。その光景に椎川が驚きで目を丸くしていた。
文化祭2日目、俺らは午前に2回、午後に1回の劇をする。題材は「ロミオとジュリエット」。女子の強い要望により決定された。会場は視聴覚室。広い空間に簡易的なステージと客用の席を設置している。
平和は文化祭の両日参加をしないと話していたが、今日になってやることがあるなら手伝うと申し出てくれたのだ。配役は決まっているため、劇自体は大丈夫だか、裏方や宣伝などやってくれると助かることは多々あった。
「あれま、どーしたの双郷」
「……やっぱり何だかんだやりたいんじゃない?」
俺は六里の疑問にテキトーに返しつつ、何となく平和の意図を読み取っていた。
彼にとっては、この学校で最後の文化祭にする予定だから参加する気になったのだろう。それは、多分昨日俺が一緒に楽しみたいと言ったからだ。俺の気持ちを汲んでくれたのだ。
「じゃあ宣伝……じゃなくてさ、ロミオやってよ!」
「何でだよ、もう望木がやるって決まってるだろーが」
「そうなんだけどさ、望木がさ練習のときも台詞改悪しててめちゃくちゃ嫌なんだよね! みんな言ってるし!」
椎川に指名された主人公ロミオ役の望木は、肩よりも長い髪を振り笑った。
「改悪じゃなくて改善だよ、椎川ちゃん」
「いや、改悪だよ! だってさー、あの世界観で愛してるぜベイベーとか言っちゃうんだもん」
「……それでも望木で決まったんだから、そこは望木にやらせろよ。いーじゃねぇか、そいつの個性だろ」
平和が仏頂面のまま言うと、望木は「わかってるね!」とウインクして見せた。それを見て、平和は心底嫌そうに彼を睨んでいる。
「んー……じゃあ仕方ない。この看板持って校内回ってきて。宣伝係ね」
「おう」
椎川から看板を貰って平和は教室を出ようとした。出る前に俺の方を見て、眉間にシワを寄せる。
「こんなんでいいんか」
「え、いや、いいって言うか……ありがとな! 休憩入ったら一緒に出店回ろうぜ!」
「……おう」
平和は素っ気なく応えると、ズカズカと視聴覚室を出た。
※
午前の講演が終わり、平和と六里と3人で他クラスの出店を回った。六里が主体となり、お化け屋敷やら縁日やらを回った。六里がギャーギャーと騒ぐなか、平和は終始大人しく着いてきていた。こういうお祭りが好きではないのだろう。無理に来なくてもいいと言おうとも思ったが、自分から誘った手前、それは違うと思いやめた。
「あっ、あつ、あつつつ」
「だから一口で行くなって言っただろバカ」
出来立てのたこ焼きを全部口に入れて悶えている六里に、平和がお母さんのような言葉を掛けて、水を用意する。六里は吐き出さずに頑張って全てを咀嚼し、水を飲み干した。
「あー、あつ。やべぇ火傷したかも」
「だっせー」
「笑うな雪名!」
俺が笑うと、六里は子どものように口を膨らませた。
「そろそろ次の準備の時間だろ、行くぞ」
「あっ、待って平和」
「あー、待って待って! たこ焼食べちゃおうって! ほれ、ピース、あーん」
「あーんとか言うな、きめぇ!」
あーんとつき出されたたこ焼を見て、平和が溜め息を吐きながらそれを一口で食べる。
「え、熱くねぇの?」
「……」
平和は六里の言葉に返事せず、口を動かさないでしばらく目を細める。
「熱いよな……」
「はふくへぇ!」
多分熱くねぇと強がり、彼はすぐに咀嚼した。目は少し潤んでいて、やっぱり熱かったのだろう。その様子を見ていると自然と笑えた。
「おい、雪名テメェも食え」
「え、一口で? フツーに嫌だわ」
「俺もピースもやったんだからやるんだよー!」
言って六里が俺に熱々のたこ焼を押し付けてくる。平和は物凄く睨んでいるし、逃げ場がない。
諦めて口を開けると六里は強引にたこ焼を丸ごと口に入れてきた。味よりも圧倒的に熱さが口の中に広がる。
「んー!!」
「はっ、ざまぁねぇな」
「俺らのこと笑った罰だからな!」
「ん、み、水! あつ、水!!」
6個あったたこ焼を、それぞれ2個ずつ食べて俺らは教室に戻る。口の中には、美味しさよりもヒリヒリとした痛みが残っていた。
※
「そ、双郷くん……君に代役を、任せるよ」
「は?」
視聴覚室に戻ると、真っ先に望木が腹を抱えて平和に寄ってきた。彼の言葉に言われた平和も、俺ら二人もポカンとする。
「腹、痛てぇんか」
「うん、ちょっと……お腹の中でカーニバルが始まっちゃって……」
独特な言葉で望木は言うと、そのまま視聴覚室を出ていった。取り残された俺たちはそれぞれに顔を見合わせた。
「あ、双郷、ちょうどいいところに来た! アンタどうせ台詞覚えてるでしょ? 望木の代わりして! お願い!!」
俺らがドアの前で立ち尽くしているのを見て、先に次の講演の用意に来ていた椎川が平和に手を合わせてお願いする。
「アイツ、大丈夫なんか……」
「望木は全ての出店の食べ物食べてお腹壊したんだって。多分大丈夫じゃない」
「……何やってんだよ」
平和は明らかに不機嫌そうな顔をした。そんな彼に、椎川が不安そうに尋ねる。
「ね、代役ダメ? 他の男子は役ある奴と裏方で空いてないし……双郷も練習何回か見てたから台詞覚えてるでしょ? 台詞全部覚えてるのアンタくらいしかいないと思うんだ」
「わかった」
「おねが……え?」
あっさりと了承が出たことに、椎川がポカンと口を開けた。
「え、ピース、マジで!? てか本当に台詞覚えてんの!?」
「どんだけ練習見てきたと思ってんだよ。覚えてるわ」
「すげえ」
六里が感心したように素直に称賛する。それでもやっぱり平和は嬉しそうな顔一つしなかった。
「平和!」
平和が準備に取りかかろうと更衣室の方へさっさと移動しようしたため、俺は無意識に彼の名前を呼んでいた。
大きな声が出てしまったため、平和は驚いたように目を丸くする。
「本当にいいのか? その、嫌なんじゃないのか……嫌いだろ、人前出たりするの」
俺は、彼が楽しくない思いをするのが嫌だった。友達として、施設で共に生活する兄弟として、彼には楽しい気持ちでいてほしい。
もしかしたら、この学校では最後の文化祭かもしれないのだから尚更だ。
「別に、どうってことねーよ。それに、本人にも頼まれたのに、やらないわけにいかないだろ」
変に真面目な彼らしい答えだった。本番前はあれだけ出たくないと言っていたのに、結局彼は誰かが困れば放っておけないのだ。
きっと、それが双郷平和の正義感なのだろう。
「ありがとう」
俺が素直に感謝を伝えても、やっぱり平和は反応しなかった。
※
劇は、意外にも大好評で幕を閉じた。主役のジュリエットをはじめ、3人も演劇部がいたことが大きかったと思う。後は、平和の作った衣装や小道具も好評であったし、美術部の描いた背景もとても劇にのめり込める要因になった。
平和は本当に台本にあった台詞の全てを覚えており、その上演技すらも上手かった。動きも表情も本当に役になりきっており、別人のようだった。彼はつくづく何でもできるのだと驚いた。
劇の途中で便所から帰還した望木は、講演が終わると笑って平和に声を掛けた。
「ありがとう、助かったよ」
「別に」
「僕のロミオも良かったけど、双郷くんのもとっても良かったよ!」
「そりゃ良かったな」
劇ではあれだけ表情をコロコロと変えていたのに、ステージを降りれば彼は仏頂面だった。それが双郷平和らしくて、安心する。
「平和、文化祭楽しかった?」
「別に。……悪くはなかった」
「そっか」
つまらなかったと言われなかったことに、自然と嬉しさが込み上げてきた。
「……お前はよく笑うな」
「まぁな!」
俺が勢い良く頷くと、平和も少しだけ笑った。
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