敬虔な殺し屋×最強の令嬢
@machi313
第1話
「よかった、気がついたね。」
わたしが目を覚ますと、彼は穏やかに微笑んでそう言った。簡素な部屋の天窓から日が差して、ふわふわした金髪が陽だまりを連想させる。
わたしは目を瞬かせた。さっきまで、敵のアジトに潜入を試みていたはずだ。ここにこうしているということは、失敗したんだろうか。窮地に陥っていたところをこの人が助けてくれたとか。
「助けてくださったの?」
「ううん、攫ってきた。」
天使のような無垢な笑顔で彼は言った。
「女の子があんな危ない場所にいちゃダメでしょ?」
何か言いかけたわたしの唇にそっと指を乗せる。
「で?どんなふうに殺してほしい?」
また目をぱちぱちさせたわたしを満足そうに見下ろす。
「先月、パーティで薔薇のカードを受け取ったでしょ?そのときに、君、どうせ死ぬなら好きな人に殺してほしいって言ってたよね? 」
薔薇のカードは彼の殺害予告として有名だ。組織からあなたを殺すよう命を受けました、という報告。
わたしは、カードを自分の席にみつけたとき、無意識に彼を探していた。そして薔薇のカードをポーチに仕舞いながら、これ見よがしに、死ぬのならば好きな人に、と件のセリフを言ったのだった。
「いらっしゃったの?」
そりゃね、と彼は言った。
だから、君に好きになってもらえるように頑張ってるところなんだけど、どう?
わたしは吹き出した。どう?も何も、まだ今日顔を合わせてからいくらも経っていない。
「どうして、あなたは殺し屋なんてやっているの?」
「才能があったからかな。組織に目をつけられたらどのみち逃げられないからね。僕が一番苦痛なく送ってあげられる。」
ほんの一瞬、彼は遠くを見た。
「地獄に堕ちるんだろうね、僕は。」
リクエストがないなら首でも絞めてみようか、と言いながら、私の首に手のひらを沿わせた。そして、ふふっと笑う。
「ねえ、案外君はチョロいよね。もう僕のことちょっと好きになったでしょ。」
目を見たらわかるんだよね、と得意げに言う。
わたしは、一度だけ、彼が人を殺すのに出くわしたことがある。
咄嗟に建物の影に隠れたわたしのすぐ目の前であっけなく肉塊に変わった男の衣服を丁寧に整え、死化粧を施す彼の仕草は慈しみに満ちていた。そしてロザリオを握ったまま、男の傍に跪く。静かに祈りを捧げる彼がたった今人を殺したのだということを、もし彼が男に刺さったナイフを引き抜くところを見なかったら信じられなかっただろう。随分長い間祈りを捧げてから手慣れた様子でナイフを引き抜き、立ち上がった。常夜灯の仄暗い灯が、返り血と涙でぐちゃぐちゃに濡れた彼の頬を照らしていた。
そのときから彼に惹かれていた。……だから、彼に殺されるわけにはいかないのだ。
地獄の門よ、開け。
小さく、喉の奥だけで詠唱した。途端、細い光の糸が幾重にも彼に巻きつき、拘束する。
「形勢逆転、ですわね!」
勢いよくベッドから起き上がって、床に転がる彼を見下ろした。
「そうみたいだね。」
彼は悔しそうにこちらを見上げる。
「魔法が使えるなんて聞いてないけど。」
「切り札ですもの。」
あなたの罪を半分背負わせていただけるなら、解いて差し上げます。わたしが言うと、彼は本当に嫌そうに顔をしかめた。
わたしは一番美しく見えるように計算して、にっこりと微笑んだ。
「わたし、案外役に立ちましてよ。」
「今僕に殺されておいたほうが、絶対に、いい人生だったって。」
彼は諦めたようにつぶやいた。
敬虔な殺し屋×最強の令嬢 @machi313
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