第三話 記憶喪失の少女

 ぼんやりする意識の中で、少女は男たちの声を耳にした。次第に意識がはっきりとしてきて、少女は目を開ける。


「ですから、こういうのは警察の仕事であって、私たちの仕事ではないはずです。今からでも警察に行くべきだと、私は思います」


「おいおい、こちとら本当に何でもやってる『何でも屋』だぜ? そんなやつが警察に出向いたら捕まっちまうに決まってるだろ。大体なぁ、あんなところに女一人残していくのも危険だろうが」


「そういうことを言っているわけではありません。身元不明の人間の保護など、私たちが請け負うには重い仕事だと言っているんです」


 会話の内容から察するに、どうやら自分のことで揉めている様子だ。少女は起き上がり、言い合いをしている二人に声をかけた。


「あ……あの! すみません、どうかそんな言い争いをしないで……!」


 少女の声を聞いた二人は、ぴたりと言い合いをやめる。目の前には、黒髪と白髪の男が二人。髪型や色などは違うが、顔は瓜二つだ。


「あぁ、こちらこそすみません。起こしてしまいましたね。お体の方は大丈夫ですか?」


 白髪の男が、自分に向かって心配した様子で尋ねる。少女は、少し困惑しつつも、男に説明する。


「えっと……体は大丈夫、です。でも……」


「どうしました?」


「その……分からないんです、自分が。自分のことが、記憶が……ないんです」


 少女が告げた事実に、男たちは驚いている様子だ。黒髪の男は、タバコを吸いながら様子を見ていたが、それを聞いて少し態度が変わった。


「どこまで思い出せるとかあるか? あぁ、無理はしなくていい。思い出せる範囲で構わねぇ」


「えっと……。……名前。名前は思い出せます。確か……ユウナ、といいます」


「ユウナさん、ですね。名前以外で思い出せることは?」


 男二人に問われ、ユウナと名乗った少女は何とか思い出そうと試みる。しかし、何も思い出せない。首を横に振りながら、溜め息をついた。そんな少女の様子を見守りながら、男たちはまた話を再開させた。


「しかしな、確かにお前の言う通り、保護なんて俺たちの仕事じゃねぇ。……仕方ねぇ、警察か」


「その方が良いと思いますけどね……」


 その話を聞いたユウナは、慌てて二人の会話を遮る。


「あ、あの! すみません、どうか警察だけは、警察だけはやめてください! お願いします!」


「えっ、ど、どうしてですか?」


「分からないんです、でも……どうしても警察はダメって、どこかで聞いた気がして……。私、何でもします! 家事でも仕事でも、何でも手伝います! だから、ここにいさせてください!」


 ユウナの懇願に、男二人は顔を見合わせて驚いている。彼らはしばらく考えていたが、やがて黒髪の男が口を開く。


「……分かった。お前がそこまで言うならそうしてやる。ただ、自分のことは自分でやれ。いいか?」


「は、はい! ありがとうございます!」


 黒髪の男の判断に、白髪の男は納得がいっていない様子だったが、それ以上口を出すことはしなかった。彼も、そうせざるを得ないと思ったのだろう。


 かくして、奇妙な共同生活が始まるのだった。




「あの、お二人は双子なんですか? よく見たら、顔がとても似てる気がして」


 昼食をとりながら、ユウナは翔と涼にそう尋ねた。翔は、タバコを吸いながら答える。


「あぁ、そうだ。俺が兄貴で、こいつは弟だ。まぁ、そっくりなのは顔のパーツだけだがな」


「……食事中くらい、タバコはやめたらどうです? 未成年もいるんですよ」


「やなこった。俺は俺のやりたいようにやる。余計な口出しするな」


 翔の言葉に、涼は少し不機嫌そうな表情を見せる。ユウナはそれを見て、普段はあまり仲が良くないのかもしれない、そう思った。


「じゃ、じゃあ、お二人は普段どんなお仕事されてるんですか?」


「文字通り、なんでも、ですね。家事代行、掃除、庭仕事……色々です」


「そうなんですね。わぁ、色々こなすって大変そう……」


 涼の回答に、ユウナはそう呟いた。想像するだけで、大変そうな仕事だ。自分に果たして仕事が務まるだろうか? そう思っていると、翔が口を開く。


「ま、そんな大変でもねぇよ。慣れれば楽な仕事だ」


「あなたはそれでいいかもしれませんけどね? いつも私の方に仕事が来るので、いい加減まともにやってくれないと困りますよ」


「だから言ってるだろ。俺は俺のやりたいようにやるってよ」


 言い合う二人の間にはひりついた空気が漂い、何やら良くないものが始まろうとしている。ユウナは慌てて二人と止めた。


「わーっ! 喧嘩しないでください!」


「……チッ。今はお嬢ちゃんに免じて引いてやる。お嬢ちゃんに感謝しな」


「何を偉そうに。……はぁ」


 ユウナの割り込みが功を奏したのか、二人はそのまま引き下がった。険悪そうな二人を見て、果たして上手くやっていけるだろうか。いや、上手くやっていけると信じたい。ユウナは密かにそんなことを思うのだった。

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