第2話 重たい女:夜行ユキの場合
夜行さんの鋭い犬歯が、俺の首に突き立てられた。
とくり、こく、こく。血を飲まれている。
彼女の細くて白い喉が何度も嚥下する。
いつもの事だ。
魔法少女担当官の仕事には、魔力タンクの役割も含まれている。
「……相変わらず、ヒドイ味……甘ったるくて、熱くてトロついている……最低なのど越しね」
毎日野菜を食べてるのに……。
くすぐったい、彼女がぺろりと犬歯を突き立てた傷を舐める。
それだけで傷が塞がっていた。
「……報酬は、ずっと前からアンタに決めてたの。……嫌?」
嫌すぎる……。
いや、待てよ……よく考えろ。百梨 楽人。
これって、からかわれているのでは?
完全に理解した。
嫌いな奴をいっちょ揶揄って遊ぶかァ~みたいなやつね。
うん、思春期の子供であればいたずら盛りな時期だ。
そして彼女達から子供時代を奪っているのは俺達大人。
「いや、光栄だよ、夜行さん」
「!!」
ならば――大人としてここは乗るべきだろう。
夜行さんは一瞬、年頃の少女のような無邪気な顔に戻る。
しかし、表情が曇った。
彼女の視線は、俺の左手薬指に注がれている。
「アンタ、奥さんは……いいの?」
「今、大事なのは君だ」
「……はッ、最低ね。アンタも、私も」
夜行さんの指が俺の左手薬指を撫でる。
そのまま折られるかなと覚悟していたが……。
なんてことはない、彼女はただ、俺の結婚指輪を撫でているだけだった。
この結婚指輪はダミーだ。
魔法少女と魔法少女監督官は、共に死線を越える関係上――恋愛関係に発展しやすい。
余計なトラブルを避ける為につけておけとは、担当官の先輩の言葉だ。
既婚者の方が思春期の少女達も安心だろう。
なので俺の担当官は全員、俺が既婚者だと思っているはずだ。
「そう、そうなんだ。私の方が、大事なのね。はッ、最低、だわ本当に」
しまった好感度下がったかもしれん。
BBB原作でもこの子はめちゃくちゃデリケートで何しても好感度が下がるという非常に扱いづらい魔法少女なのだ。
PIPIPIPIPI。
スマホ端末、アラームが鳴り響く。
……そろそろ時間だ。
次の担当魔法少女の所に行かなければ。
「……チッ。行けば? 時間なんでしょ」
「ああ、すまない。今日はお疲れ様。後処理はすぐに別の部署の人間が来る。送りの人員もすぐに来るから」
「要らない。独りで帰る。さっさと行けば? 他の魔法少女が、アンタの事を待ってるんでしょ、センセイ?」
じっと、夜行さんが半眼で俺を見上げる。
文句がある黒猫みたいな顔だな。
「……でも、もうすぐ」
うん? もうすぐ?
「もうすぐ、全部私のだから」
「はは」
とりあえず、笑っておいた。笑顔の時間だ。
「は? 何が面白い訳?」
やべ、反応間違えたかも、軌道修正だ。
「ああ、すまない。つい、嬉しくてね」
「ッ! チッ……もう行けば?」
「ああ、それじゃおやすみ」
そっと彼女から離れる。
噛まれた首の傷は塞がっているが、ずきんすきんと痛み続ける。
「待ちなさい」
去り際に、しゅっと何かを吹きかけられる。
彼女の香水。
きんもくせいのいい香り。
俺、やはり臭かったのだろうか。
「ふふ、何その顔。……臭いのよ、アンタ」
やはり臭いらしい。お風呂毎日入っているのだが……加齢臭にはまだ早いし……
さて、次の担当魔法少女の任務の時間が近い。
夜明けまでに、あと9人の担当魔法少女の様子を見に行かないと。
ソシャゲBBBの主人公は最大100人の担当魔法少女がいたんだ、このくらいでへこたれる訳には行かない。
この世界に、BBBの主人公はいないのだから。
……
…
「アンタの笑顔が大嫌い」
「他の女の香りをつけたまま、私に笑いかけるのが気に食わない」
「でも、まだいい。今は他の女の所に行くアンタを、黙って見送ってあげる」
「あと少しで、アンタの全部はあたしのものになって」
「あたしの全部はアンタのものになる」
「他の女がいようとも関係ない。アンタを最初に見つけたのはあたしなんだから」
「夜行の女は、辛抱強いのよ」
「ねえ、あたしのアンタ」
「あたしだけの男」
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