第29話 彩芽の最期

彩芽が死んだ、あの去年のこの日のように、今年も雨が降り注いでいる。


しとしとと静かに降り続く雨が街の喧騒を包み込んでいる。


スポーツバックの中から、紺色の真新しい傘を取り出した。


カチッと音を立てて傘を広げると、すぐに雨粒がぽつぽつと傘を叩き始める。


外の世界が遠くなって、雨音だけが寄り添ってくれる。


吐いた息がそっと白く見えて、ほろりと記憶が滴る。


「あの…」


小さな子供。


なんとなく見覚えがあるような気が、いや、どうせ人違いだな。


振り返った足を戻して、また踏み出していく。


「あ、待ってください」


え?


いや、タバコとか酒とかはしたことねえけど、小さい子供は俺みたいな奴に関わっちゃダメだろ。


聞こえないふりをして、通り過ぎようとした。


「鹿穂見彩芽さんのご知り合いですか?」


小さな子供にしては丁寧な言葉が聞こえて、俺は反射的に振り返った。


「あの、僕謝りたくて…」


その少年は、俺が小学生だった時に身につけていた制服と同じものを着ていた。


「あの大雨の日、彩芽さんが川に飛び込んだ姿を見てて、助けられなかった。ごめんなさい」


目の前の少年は、礼儀正しく深く頭を下げた。


「そう、だったんだ。彩芽、どんな様子だった?」


唇を噛んで、込み上げてくる何かを噛み締めた。


「罪悪感を無くすために改竄しているかもしれないですけど、凄く満足したような気持ちよさそうな表情だった」


下を向いて、拳を握りしめている。


気持ちよさそうに死んだのか。


よかった。


傘を持っていた手の力が緩んで、落としかけた。


「そっか。きっと改竄されてないよ。彩芽が死ぬなら確かにそうやって死にそうだ」


不思議そうな顔をして、俺の顔を見つめている。


「彩芽を助けないでくれて、ありがとう」


少年の目を真正面から見つめて、俺は頭を下げた。


彩芽、死んでよかったんだよな。


きっと。そうだよな。



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