第4話📖 第一部 火と水と第三の光(縦横の結び目) 第一章 火と水 ― 背反する二つの力

世界がまだ、
「第三の光」を知らなかった頃、
そこにはすでに
火の律と水の律だけが在った。

火は、
生まれた瞬間から「外側」を目指した。

触れたものをつぎつぎと巻き込み、
閉じたものをこじ開け、
境界という境界を、
すべて「越えるべきもの」と見なした。

火の律は、拡散(かくさん)であり、
爆ぜようとする衝動であり、
止まることを知らぬ創造の芽(火芽)であった。

それは、
完成していた収束宇宙にとって、
本来あり得ぬ「なぜ」を孕(はら)んだ力だった。

「なぜ、これを壊してはならないのか。」
「なぜ、ここから先へ行ってはならないのか。」

火は、
世界が自らに課していた沈黙に
じりじりと背を向けていった。


水は、
火と反対の方向を向いていた。

世界を内側から撫でるように巡り、
逸(はぐ)れそうなものを集めては器に戻し、
一度に変わりすぎないよう、
変化に「拍(はく)」を刻んだ。

水の律は、拍であり、
制御であり、
集束させ、器に戻す力であった。

世界が壊れないように、
火が吹き上げた熱を冷まし、
あまりに速い流れに「遅れ」を挟み込む。

「いまはまだ、ここで保て。」
「いまはまだ、ここで抱えよ。」

水は、
そうして世界の形を守り続けていた。


火から見れば、
水は「行く手を阻むもの」であった。

火が「もっと先へ」と伸びようとすると、
水がそこに境界を引き、
拍を置き、
「いまはここまで」と告げる。

水から見れば、
火は「形を壊すもの」であった。

水が辛うじて器を保ち、
縁を繕い、
矛盾を内側に抱きとめているとき、
火はその器を内側から熱し、
ときに爆ぜさせる。

世界の初期において、
この二つの律は、
本来なら「相殺」か「勝ち負け」に向かうはずの二者であった。

• どちらか一方が勝てば、
世界はただ燃え尽きるか、凍りつくかする。

• 互いを打ち消し合えば、
動かない、無風の宇宙に戻ってしまう。

火は、
変化なき完成に対する「異議」だった。

水は、
行き過ぎる変化に対する「歯止め」だった。

どちらも、
世界の側から見れば「必要」ではあるが、
同時には許しがたい力である。

この両者が、
互いに背を向けたままでは、
宇宙に第三の光が生まれることはなかった。

火は、
自分こそが世界を前に進めると信じ、
水は、
自分こそが世界を保つと信じていた。

背反する二つの律が、
相殺か、どちらか一方の勝利か、
そのどちらかへと傾きかけていた
──その縁(ふち)に、
のちの「縦横の結び目」の前史がある。

第三の光は、
ここからさらに一歩先、
火と水のどちらでもない「決め方」として
静かに立ち上がることになる。

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