第3話

 待ち合わせ場所は水族館。

 本当は家から一緒にくるつもりだったが仕方ない。


 時間は正午5分前。

 お腹の減る時間だ。


「おかえりなさい!中で一緒におべんと……」

「ただいま……です」

「……」


 私を見て笑顔のまま固まる同居人。

 否。その目線は私の脚にしがみつく小さな命に注がれていた。

 少女は人見知りなのか少し震え、マシティスを怖がっているようだった。

 

「あ、あのね。この子は」

「どどどどどこの子?!まさか拾ったの?なら拾った場所に返してきなさい!!

 もしくは誘拐……いくらその子がかわいいからってさらうのは魔警的にもどうかと

 思うわ!!」

「いや話聞いてってば!」


 騒ぐマシティスの口を塞ぎ、怪しまれながら水族館に入館する。

 出会って5年だが、彼女はこうなったら聞かないのだ。




「で、その子が狙われていて危険だから匿うと……」


 フードコートの机には三人。

 そして目の前には彩にもこだわったお弁当。


「いい……かな?」

「ハァ~。仕方ないですね。

 確認だけど、今日は魔剣は使っていないよね?」

「は、はい」


 使おうとしたはノーカンだよね。


「何度もいうけどあれは生命力を削るから危険なの。

 その子を守るにしてもあまり使わないでほしい……

 それで、なんていうんですか?」

「?」


 私と少女は同時に頭にはてなを浮かべる。


「呆れた。その子の名前です!」

「あ~名前か……確かに知らない」

「もう~。ねぇあなたなんていうお名前?」


 おにぎりをもぎゅもぎゅと小動物のような印象で食べる少女。

 そして吞み込み


「ナトゥス」

「ナトゥス……ナトゥスか。いいね」

 

 ナトゥスはほっぺに弁当をつくり満面の笑みだ。


「私はマシティスっていいます。こっちはミテラ」

「マシティスと……———お母さん」


 少女の呼び方に面食らい、同居人の方に顔を向ける。


「……私そんな歳に見える?」

「子どもにとっては大人はみんなおばさんにしかみえないそうですよ?」

「ええぇ……」


 また笑顔を見せるナトゥス。

 まぁいっかという気分になる。

 親になるとはこんな気持ちだろうか。


「で、これからどうするの?作戦とか」

「危険だけど、この子を狙うのなら一緒にいればじきにしかけてくるよ。

 ……マシティスには悪いと思ってるよ」


 彼女は一瞬間をあけて、肩をすくめる。


「何言ってるんですか?魔女の残党のこともあるしこの仕事は常に危険でしょ?

 なら別にへっちゃら! 

 そんなことよりもほら!早く中を回ってみましょう!」


 私とナトゥスの手をとる彼女。

 快く受け入れてくれたが、実際はどうなのだろう。

 彼女は非戦闘員だしこの子を抱える不安は計り知れない。


 なら、二人とも私が全霊をかけて守ろうと心の底で固く誓った。





 深海、オットセイ、ペンギンと周り、今目の前には大海たいかいゾーンの大水槽がそびえている。

 

「あれ、なにお母さん」

「ん?ああ、あれは真鯛だね。刺身が美味しんだよ」

「じゃ、あれは?」

「あれは黒潮の本マグロ。やっぱり刺身かなぁ」

「じゃあねぇ……」

「おお!あれはクエじゃん!!冬だしやっぱなべ———」

「なに教えてるんですか……」


 食い気味にツッコんでくれるマシティス。

 ナトゥスは教えた魚を行ったり来たり追いかけまわしている。


「はは。ナトゥスが楽しいならよかったぁ」

「あなたはどうなの?」

「楽しいよ?」

「じゃなくて思い出したの?何か」


 そういえばそうだった。

 記憶のヒントを探しにきたんだ。

 しかし


「い~や、全く」

「そう。まぁ気長にいきましょ!

 もう夕方ですしそろそろ帰りましょうか」

「そうだね。

 お~いナトゥス!帰るよ~……」


 そう声をかけた時、ちょうど目の前を一匹のサメが通った。

 あの曇った目を見ているとなにか


——————私、死にたいんだ


 どこからか声が聞こえた気がした。

 あたりを見渡しても冬の水族館だ。誰もいない。


「置いていきますよ~」


 これは記憶の断片?

 不明確だが、少し思い出せた……のかな?







 ゲートを抜け、水族館をあとにする三人。


「ふふふ」

「どうしたの?」

「そうやって手を繋いで歩いていると二人親子みたいですね」

「そ、そうかな?……って、まだそんな歳じゃないってば!」


 親子か。

 私の両親は幼い頃、魔女に殺されたから親子の記憶はあまりない。

 もしこの子の親が見つからなかったら一緒に暮らすのも悪くないのかもしれない。

 この子が許してくれるならだが。

 

 疲れているのか、らしくもない甘い考えにふけりながら帰路についた。



△△△



 くたくたの私はすぐに布団に直行した。

 そこにナトゥスが


「お母さん一緒にねていい?」

「……うん。いいよおいで」


 そうして布団に潜り込む少女。


「今日は楽しかった?」

「うん。お外はじめてだったから楽しかった」

「え?そ、そうなんだ」


 過保護なお家なのかな?

 気にならないといえばうそになる。

 この子には謎が多い。


「きいてもいいかな?

 なんであんなところにいたの?」

「……」


 若干震える少女。


「安心して。どんなことがあっても君は守るよ。

 そして本物のお母さんのもとに返してあげる」

「……うん」


 そして二人は眠りに落ちていった。




「——————」




 物音———いや気配がしたのだろう。

 目を覚ましてしまった。


 何か私たちに迫る影?

 うっすら目を開いた瞬間——————


 私たちを凶刃が襲った。


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