告白したら、全校放送でOKされたんだが?

Song

第1話 : 告白したら、全校放送だった

 告白した。

 OKされた。

 なぜか、それが全校放送で流れた。


(意味が分からない)


『──だから、好きです。付き合ってください』


 校内スピーカーから流れてきた声は、どう聞いても俺の声だった。

 少し裏返っていて、最後の「ください」が無駄に丁寧なやつ。


 ……いや、待て。


(なんで俺の告白、校内BGM枠に入ってんの?)


 教室の空気が、物理的に凍った気がした。

 椅子がきぃ、と軋む。

 誰かが咳払いをして、すぐに後悔した顔をする。

 笑いかけた女子が、途中で「今それじゃない」と悟って口を閉じた。


(理解が……理解が追いつかない)


 恥ずかしいとか、そういう段階じゃない。

 世界の仕様が変わった感覚だ。


 ――少し前まで、俺は屋上にいた。


 *


 昼休みの屋上は、風が強かった。

 フェンスががたがた鳴って、下からはグラウンドの掛け声が聞こえる。

 いつも通りの、何も起きない昼休み。


 違う点が一つだけあるとすれば、

 俺が音無澪を呼び出したことくらいだ。


(……今なら言えそうだったんだよ)


 劇的な理由なんてない。

 毎日会って、話して、帰って。

 それだけの積み重ね。


 音無は、今日も無表情だった。

 近い。近すぎる。

 人との距離感が、たまにバグる人だ。


 視線を逸らさない。

 圧がすごい。


「……す、好きです」


 噛んだ。

 予想以上に噛んだ。


「付き合ってください」


 言った瞬間、人生の分岐点を踏んだ感覚がした。


 数秒の沈黙。


(ダメでも……まあ……死ぬわけじゃない)


 そう思いかけた、その瞬間。


「うん。いいよ」


 即答だった。


(……え、今の成立?)


 脳が処理を拒否した。

 喜びより先に、現実感が迷子になる。


 そのときだった。


 屋上のスピーカーが、ぶつっと嫌な音を立てた。


(……え? いや、え?)


 嫌な予感が、全力疾走で背中を駆け抜ける。


 嫌な予感というものは、だいたい当たる。


 屋上のスピーカーが、

 ぶつっ、と明らかに「作動前です」という音を立てた。


(……え?)


 俺は反射的に、スピーカーを見上げた。

 フェンスを見る。

 もう一度、スピーカーを見る。


 その瞬間。


『──だから、好きです。付き合ってください』


 校内全体に、俺の告白が響き渡った。


「…………は?」


 声が、喉から零れた。

 疑問形ですらなかった。


 繰り返される。


『──好きです。付き合ってください』


(なんでリピート機能ついてんの!?)


 頭が追いつかない。

 追いつかないどころか、拒否している。


 遠くから、

「うおおおお!」

という歓声が聞こえた。


 次いで、廊下を走る足音。

 窓の向こうで、誰かが叫んでいる。


(あ、これ、終わったな)


 俺は音無に掴みかかった。

 いや、正確には、袖を引っ張った。


「なにこれ!?」


 必死に声を抑える。


「なにした!?」


 音無は、ほんの少しだけ首を傾げた。

 考えるときの癖だ。


「共有した方が、正確だと思って」


「何が!?」


「事実」


(意味が分からない)


 正確って何だ。

 誤差が出る要素、どこにあった。


 告白は測定データじゃない。


 スピーカーから、再び俺の声。


『──付き合ってください』


「もういい! 十分聞こえたから!」


 校舎のどこかで、

「誰だよー!」

という野次。


 別方向から、

「おめでとー!」

という祝福。


 感情のカオスだ。


 音無は、状況を見渡して、静かに言った。


「反応、悪くないね」


「評価基準が怖い!」


 そのとき、階段の方から怒鳴り声がした。


「こらー! 誰だ今の放送は!!」


(来た。大人が来た)


 俺の視界が白くなる。


(俺の高校生活、今終わった)


 スピーカーが、ぷつりと音を立てて沈黙した。


 残ったのは、風の音と、

 遠くのざわめきだけ。


 俺は、その場にへたり込んだ。


 足に力が入らない。

 笑う気力もない。


 ……人生、こんな終わり方ある?


 放送が止まった。


 あれだけ世界を殴ってきたスピーカーが、

 急に「何もしてませんが?」みたいな顔で沈黙する。


 静かすぎて、逆に怖い。


 風がフェンスを揺らす音だけが聞こえる。

 遠くでまだざわついている気配はあるが、

 この屋上だけ、妙に隔離されていた。


 俺は、その場にへたり込んだ。


 座るというより、崩れ落ちたに近い。

 足に力が入らない。

 膝が笑っている。いや、爆笑している。


(……人生って、こんなに簡単に詰むんだな)


 今日まで、俺は平凡な高校生だったはずだ。

 出席番号も真ん中。

 成績も可もなく不可もなく。

 校内放送で告白を流される予定も、もちろんなかった。


 その隣で、音無澪は立ったままだった。


 姿勢がいい。

 いつも通りの無表情。

 まるで、今の一連が「予定通り」だったかのように。


「……ちゃんと、聞こえた?」


 何でもない雑談みたいな口調で、音無が言った。


 俺は顔を上げて、間抜けに聞き返した。


「……何が」


 本気で分からなかった。

 怒号か?

 歓声か?

 それとも俺の人生の断末魔か?


 音無は、少し考えるように視線を上に向けてから、

 淡々と答えた。


「私たちが、

 付き合うっていう事実」


 ああ、なるほど。


(この人、俺と同じ世界を見てない)


 俺はようやく理解した。

 この人にとって、今の全校放送は事故でも暴走でもない。


 確認作業だ。


 事実を、事実として、

 みんなに聞かせただけ。


 俺は、膝を抱えたまま空を見上げた。


(……恋人って、こんなに世界を壊す存在だっけ?)


 音無が、俺の横にしゃがむ。


「安心して」


「何を……」


「もう一回流す気はないから」


「一回で十分だよ!!」


 ツッコミを入れた瞬間、

 少しだけ息ができた気がした。


 たぶん、これから先も、

 俺はこの人に振り回される。


 全力で。

 逃げ場なく。


 こうして俺の恋人は、

 俺の高校生活を破壊した。




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