第3話 古井戸と釘バットの正しい使い方

「兄貴、やべぇ」


 森から戻ってきたゴブタが、息を切らしていた。


「どうした」


「キング、怒ってる。オレが抜けたこと、知った。仲間連れて、こっち来るって」


 ゴブリンキング。

 この森を支配している親玉だ。ゴブタを含む五匹は、そいつの手下だった。


「何匹だ」


「三十、いや、もっと。五十はいる」


「五十対二か」


 翔吾は腕を組んだ。

 正面からやり合えば勝てる自信はある。だが、五十匹を相手にしている間にシマが荒らされたら意味がない。


「翔吾さん」


 ナビ子が眼鏡を押し上げた。


「撤退という選択肢も」


「ねぇよ」


「ですよね」


 ナビ子は諦めたようにため息をついた。


「では、防衛策を。この領地には古井戸があります。地下水脈に繋がっていて、水圧はかなり高い」


「水圧」


「はい。あと、昨日の廃材がまだ残っています」


 翔吾の顔つきが変わった。何かを見つけた目だ。


「ナビ子。お前、頭いいな」


「褒めても何も出ませんよ」


 だが、その声は少し嬉しそうだった。


 翔吾は古井戸の前に立った。

 手を当てる。構造が見える。地下深くまで伸びる井戸。水脈からの圧力。


「これと、これと」


 廃材の山から、鉄パイプを引っ張り出す。壊れた歯車。曲がった鉄板。


「ゴブタ、そこの釘を持ってこい」


「おう、兄貴!」


 錆びた釘の山。翔吾の目には、弾に見えていた。


「いくぞ」


 両手で素材を掴む。体が熱くなる。


 ガシャン。ギュイン。バチバチバチ。


 金属が軋み、火花が散り、形が変わっていく。

 ポンプが鉄パイプと融合する。歯車が回転機構を生み出す。釘が装填口に収まる。


 そして。


『【鍛冶神ヘパイストス】: ほう』


 空中に文字が流れた。


「完成だ」


 翔吾の前には、巨大な砲台があった。


 古井戸のポンプを動力源にした、高圧放水式の射出装置。

 弾は錆びた釘。射程は目測で五十メートル。

 そして当然のように、砲身には電飾が走り、「夜露死苦」の文字が刻まれている。


「【高圧キング・釘バットキャノン】」


「センスが絶望的ですね」


「うるせぇ」


『果たし状:達成』

『【鍛冶神ヘパイストス】: 面白い。褒美をやろう』


 翔吾の頭に、新しい知識が流れ込んだ。

 圧力の制御。射出角度の計算。連射のコツ。


『【軍神アレス】: で、撃つのか? 撃たないのか?』

『【深淵の暇人】: 撃て撃てw』


 翔吾はキャノンの照準を森に向けた。


「ゴブタ。キングはどっちだ」


「あっち。森の奥」


「届くか、ナビ子」


「ギリギリですが、届きます」


 翔吾は引き金を握った。


「よし」


 ドゴォン。


 轟音が荒野を揺らした。

 錆びた釘の束が森に向かって飛んでいく。木々の葉が吹き飛び、鳥が一斉に飛び立った。


 翔吾の耳が、キーンと鳴っている。


「……ナビ子」


「はい」


「耳、痛ぇ」


「そうでしょうね。消音機構は付けなかったんですか」


「忘れてた」


 遠くで、悲鳴が聞こえた。


「当たったか」


「いえ、威嚇です。ただ、向こうには届いたはずです」


 翔吾は耳をさすりながら頷いた。


「ナビ子。俺が何を狙ったか、分かるか」


「……木の上、ですか? キングの近くの」


「正解。当てる気なら当てられた。それを見せつけた」


「ゴブタ。伝言を頼む」


「おう、兄貴!」


「キングに伝えろ。俺のシマに手ぇ出すなら、次は当てる。だが、大人しくしてるなら何もしねぇ。選ぶのはお前だ、ってな」


 ゴブタが目を輝かせた。


「兄貴、かっけぇ」


「行ってこい」


 ゴブタが森に向かって走っていく。


『【知恵の女神アテナ】が視聴を開始しました』

『【知恵の女神アテナ】: なるほど。力を見せつけた上で、選択肢を与える。悪くない交渉術ね』

『【知恵の女神アテナ】が御祝儀を送りました』


 温かい光が翔吾を包んだ。

 頭がすっきりする。考えがまとまりやすくなった気がした。


「翔吾さん」


「あぁ?」


「少し、見直しました」


 ナビ子が小さく笑っていた。


「殴るだけかと思っていましたが、ちゃんと考えてるんですね」


「当たり前だ。喧嘩ってのは、始める前が一番大事なんだよ」


 翔吾はキャノンの砲身を撫でた。


「さて、次は何を作るか」


 廃材の山を見る。

 まだまだ素材はある。

 

 ゴブリンキングがどう出るかは分からない。

 だが、どう転んでも対応できるように準備はしておく。


 それが、シマを守るということだ。


 夕暮れ時、ゴブタが戻ってきた。


「兄貴! キング、びびってた! しばらく手ぇ出さないって!」


「そうか」


 翔吾は鼻を鳴らした。


「だが、油断はするな。あいつらが大人しくしてる間に、もっと強くなる」


「おう!」


 荒れ地に、三人の影が伸びていた。

 ボロ屋敷と、古井戸と、釘バットキャノン。


 領地は、少しずつ形になり始めていた。

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