『恋愛という宗教からの離脱』

済美 凛

第1話 幸福の証明としての恋愛

恋愛マスターはいらない。

 恋愛はゴールではない。

 恋愛のための恋愛。

 過程である。


 彼はその言葉を、心の中で何度も反芻しながら通勤電車に揺られていた。


 車内広告には、今日も変わらず恋愛が並ぶ。


「大ヒット恋愛小説、待望のアニメ化」

「泣ける純愛、実写映画化決定」


 幸福は、あらかじめ定義されているらしい。


 恋人がいること。


 誰かに強く必要とされていること。


 人生のレールから外れていないこと。


 それらを一瞬で証明できるから、人は恋愛を欲しがる。


 愛したいからではない。


 不安を消したいからだ。


 外れていないと安心したいからだ。


 恋愛は、感情ではなく身分証になった。


 だから恋愛していない人間は、

 説明を求められる。


「なんで?」

「そのうち?」

「いい人いないの?」


 まるで未提出の書類のように。


 彼は窓に映る自分の顔を見る。


 疲れているが、不幸ではない。


 孤独だが、空っぽでもない。


 それでも社会は言う。


 恋愛していない人生は、どこか欠けている、と。


(恋愛がゴールになった瞬間から、

 恋愛は人を救えなくなったんじゃないか) 


 彼はそう思いながら、電車を降りた。

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