第17話
氷の都市の最奥。マクスウェルに導かれた先には、巨大な結晶体が規則正しく並ぶ「記憶の回廊」が広がっていた。結晶体の一つ一つが淡い光を放ち、そこには数千年にわたる人体錬成の記録が、光の粒子として保存されている。
「……見なさい。これが君たちの、そしてこの世界の正体だ」
マクスウェルが結晶に触れると、空中にかつての大戦の光景が投影された。
空から降り注ぐ巨大な「理(ことわり)の楔」。魔法というエネルギーが暴走し、物質が分子レベルで崩壊していく。人類は自らが作り出した魔法文明によって、自滅の危機に瀕していた。
「魔法は便利だが、不安定だ。だから当時の賢者たちは考えた。世界を安定させるためには、意志を持った『変換機(コンバーター)』が必要だとね」
投影された映像は、一人の少年へと切り替わる。
無数の管に繋がれ、培養液の中で眠る幼い日のアルスの姿。
「1番から11番までは、魔力の出力に耐えきれず魂が砕けた。だが君は違った。君は魔力を持つことを拒絶することで、外部の魔力を完璧に物質へと再構築する『空の器』として完成したんだ」
「……僕は、世界を繋ぎ止めるための、ただの『楔』だというのか」
アルスが問いかけると、マクスウェルは冷酷に頷いた。
「そうだ。君がエリナと出会ったのも、君の演算能力を最大化させるための『適合実験』に過ぎない。君が彼女に抱く『守りたい』という感情も、効率的な連携を行うための初期プログラム(本能)だとしたら……どうする?」
その言葉に、エリナの体が激しく震えた。
自分がアルスを想う気持ち、アルスが自分にくれた言葉。そのすべてが、誰かに書かれた数式に過ぎない。その可能性が、彼女の誇り高き心を切り裂く。
「ふざけないで……。私たちの絆が、そんな記号で片付けられるはずがないわ!」
エリナが叫び、マクスウェルに向けて『静寂』を抜こうとした。
だが、アルスの銀の義手が、そっと彼女の腕を制した。
「アルス……?」
「……プログラムかどうか、なんて僕にはわからない。だけど、一つだけ確かなことがある」
アルスはマクスウェルを真っ直ぐに見据えた。彼の瞳には、演算による冷徹さではなく、静かな怒りが宿っていた。
「マクスウェル。あんたの言う『設計図』には、この右腕の熱さは記されていないはずだ。……誰かを守るために、脳が焼き切れるようなこの痛み。それは、数式には変換できないものだ」
アルスの右腕から、かつてないほど濃密な銀の粒子が溢れ出した。
それは周囲の記憶結晶を共鳴させ、回廊全体を白銀の世界へと塗り替えていく。
「もし、僕が『楔』として造られたのなら……その役割ごと、世界を再定義してやる。……僕は、僕であるために、あんたたちが作った『正解』を破壊する」
「……面白い。感情というバグが、どこまで論理(ロジック)を凌駕するか。試してみようじゃないか」
マクスウェルが指を鳴らす。
回廊の壁が開き、そこから「1番から11番」までの、かつての被験体たちのなれの果て——機械の残骸を繋ぎ合わせたような『亡霊』たちが、一斉に襲いかかってきた。
「エリナ、剣を。……プログラムを書き換える。僕たちの力で、新しい答えを出すんだ」
「ええ……! アルス、私のすべてを、あなたの『意志』に預けるわ!」
二人の魂が、絶望の記録を越えて再び重なる。
作られた命が、創造主に牙を剥く反逆が、本格的に始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます