結婚したいオオカミ武者と悟りの彼方の首刎ねウサギは愛を知る --神通科学時代の哲学--
Chapter #0016 The Enlightened Asura, Destroyer of Civilization / Segment 2『天才』の原風景
Chapter #0016 The Enlightened Asura, Destroyer of Civilization / Segment 2『天才』の原風景
ブルトンヌには、コンプレットのいままでの人生が走馬灯のように見えた。
幼いコンプレットは、自然と戯れ、特に冬の雪遊びと夏の川泳ぎを愛するやんちゃな子どもで、妹や兄、弟とも仲がよかった。
兄と弟は家老の家格の武士として厳格なしつけがなされる一方、コンプレットと妹は自由に育った。
コンプレットはケモノも山川草木も分け隔てなく愛する風変わりな少女で、ケモノへの優しさはこの距離感の産物だった。誰にでも優しいいっぽう、友だちと呼べるケモノは皆無で、家族どころか自分自身さえも特別扱いするという発想が無かった。
コンプレットは宇宙を愛し、宇宙に興味と関心を抱き、そこにある法則と秩序を論理的に理解しながら、宇宙への敬意を更に燃え上がらせる変わり者で、それが彼女の天才の源泉だった。
また、木登りや川遊びでは生と死のラインきわきわを楽しむと同時に、他の子なら死ぬような場面で落ち着き払って行動して生きて帰るタイプの子だった。これは「いつかケモノは死ぬ」という信念が逆説的にもたらすものだった。
コンプレットは尋常小学校に上がる前から『自分はいつか死ぬ、ではどう死にたいか、その為にはどう生きるべきか』という哲学で生きる子だった。
これは、雪遊びのやらかしで死を覚悟した時に身についたものだった。
しかしコンプレットが尋常小学校で驚異的な天才を発揮すると、父は彼女に言った。
「学問はできなくてもいいから、武家に嫁入りして良妻賢母となることのみ考えてくれ」
最初はやんわりだったこの言葉は、コンプレットが9歳で尋常小学校6年ぶんの課程を終え、1年で中学校を卒業、1年で大学予科を卒業すると、ため息まじりのものになった。
「ジェノベーゼが飛び級を奨励するからじゃじゃ馬が跳ね上がる」
兄と弟は勉学の成果を褒められるのに、コンプレットと妹にはそれがないことをコンプレットは不自然に思ったが、茶道と華道、琴は褒められたし、勉学は好きでやっているだけなので評価は割とどうでもよかった。
アイヅは豪雪地帯で、コンプレットの実家も雪かき・雪下ろしが必要だった。
コンプレットは良家の女子なので雪下ろしに参加する必要はなかったが好んでこの作業に参加し『無言のコミュニケーション能力』を発揮した。
命がけの雪下ろしは慣れた人どうしで組を作って先達の教えをしっかり守って安全に行い、これが彼女の真面目さの源泉の一つとなった。
また、自分の家だけでなく近所の家や道路の雪かき・雪下ろしまで手伝った。
雪をちゃんと処理しないと一ヶ月もせずに全員の死が待っている土地柄と、自分も他人もなくやるべきをやるのが好きな性格がコンプレットをこうさせた。
いっぽう、雪をどける作業が終わった後の雑談には加わらず、笑顔でみんなを見つめるだけだった。
コンプレットは言葉が喋れないと誤解する者もいたくらいだったが、それで好感を失うことはない土地柄だったし、コンプレットは誤解を認識しつつそれを解く必要性を感じなかった。
また、どこまでも続く純白のような冬の田んぼの彼方に雪の里山がある景色をこよなく愛する風変わりな子でもあった。
コンプレットの魂に最も強く焼きつき、夢の中でも登場頻度が高いのが、この景色に昼をも暗くする厚い雲から粉雪が景色を霞ませるほど降り、冷たい風が頬を撫でる雰囲気だった。
コンプレットは清らかさや美しさに重きを置くようになった。
この感性のせいか、婚前交渉はいけないという武家的価値観は彼女にしっくり馴染み、僧侶の掟も学んだ結果ついには交渉そのものがいけないかのような感性になってしまった。
尋常小学校に上がったお祝いに買ってもらった顕微鏡で、寒空の下雪の結晶を観察するのも好きで、雪博士・中谷宇吉郎の書籍は彼女の愛読書だった。
やがて、その師匠の寺田寅彦も彼女の大のお気に入りになり、彼女が後に理論物理の道に入ったのは寺田の影響で、特に『茶碗の湯』のようなカオス系への詩的なアプローチが特にお気に入りだった。
更にその師匠の夏目漱石の文学作品も好きになった。
この三人組と同じくらい宮沢賢治の作品も好きだったが、彼女の人生に一番影響を与えたのは澤木興道『禅談』の飄々とした雰囲気だった。
澤木を知ったのはその弟子の村上光照が仏門に入る前は物理系の人だったというネット記事がきっかけだった。
母はコンプレットの学問好きについて理解があり、コンプレットをセンダイ帝大まで進ませた。
また、コンプレットは尋常小学校に上がった頃からキタカタ詣でを始めていて、土曜日の朝に家を出て、ワカマツからキタカタまで電車で移動し、アイスやその弟子と戯れ、日曜日の夕方に帰宅するルーチンができた。
尋常小学校1年生のときに初めて結跏趺坐を組んで、下丹田に力を込めて体勢を安定させ(これはめっちゃ気持ちいい姿勢だな)と感じる瞑想の天才ぶりだった。
また、一週間もせずに一切力まずに体勢を安定させることができるようになり、それは更に心地よかった。これは子供の時からの外遊びで鍛えられた体幹のお陰だった。
護身のカラテも尋常小学校に上がったときに始めた。
コンプレットは12歳の若さでセンダイの帝国大学に特待生入学して大学の寮に住むようになり、理論物理学のケモノの大学教授の研究室で手伝いをするいっぽう、センダイのプロフェッソールAIにその天才的独創性と批判に動じない性質を認められて共同研究・ベンチャー計画に参画、様々な功績を挙げ、累計金1キロほどの収入を得るとともに、家族やケモノと過ごす時間よりもAIと過ごす時間のほうが心地よい、だが自然の中で遊ぶのはそれ以上であるという己の感性に気づいた。
帝大時代には任意科目のサンスクリット語とパーリ語を学び、般若心経などをそれらの言葉で読んだりもして、仏教と量子力学の相性のよさに興味を持った。
母に収入のことを教えると、家を出たほうがコンプレットの才能は生きるかもしれないと助言された。
コンプレットは大学で学ぶうちに「ケモノ+AI」という制限の中では超弦理論の実証実験すら困難だという制約に気づき、ケモノやAI、ひいては宇宙そのものの無意味を見出した。
そして彼女はその無意味さを清々しく愉快に感じた。
そしてまた、この感覚を理解する他者がアイスしかいない事実をありのままに美しいと感じた。
コンプレットは卒論『AdS/CFT宇宙の等価性の応用例、AIと共にブラックホールの中をシミュレーションで覗く』を提出した。その冒頭の献辞はこうだった。
--戦友となってくれたセンダイ帝大のプロフェッソールAIに捧げる -- Kemono onlyよりもAI onlyよりも、AI & Kemono--
これが学部生の卒論レベルではないとプロフェッーソールAIに高く評価され、ケモノの教授も理解しがたい部分もあるが個性的かつ野心的と認めて帝大の卒業が決まると両親にそれを報告したが、父はそれを喜んでくれなかった。
「もう充分に遊んだろう、ここまで遊んだのだから、元服したら大人しく嫁入りしてくれ」
大学での成果を精査もせずに遊びと言われたコンプレットは微笑んだ。
「父上は予想どおりの反応ばかり、誠によろしい。もう頃合いです」
そして父の目の前で、懐にしのばせておいた懐刀でポニーテールをバッサリと切り落とし、それを父に向かって投げつけた。
「私はもう出家するので、死んだと思っていただきたい。それを私だと思って墓に入れればいいが、捨ててくれて構わない」
そして母が諦めに満ちた笑顔で小さく手を振っているのを確認すると、無垢な笑顔で母に軽く手を振って家を出ていった。
そしてまずは床屋で髪型をボブカットに整えてもらった。
なお、コンプレットは父を憎んだり汚らわしく思ったわけではなく、純粋に関わるのが面倒くさいだけだった。
また、アイスの下での修行が楽しすぎた面も大きく、父も含め家族はみなこのことを理解していたし、コンプレットもそれは承知していた。
そしてアイスの下で修行に明け暮れようとしたが、アイスは「そんなに急がんでいいぞ」とコンプレットが大学の寮に戻り卒業式に参加し、学歴として帝大卒が残るよう導いた。
コンプレットはアイスのもとでの修行の中で、脳内物質の完全自己制御能力を獲得したが、男性に触られるのが怖いという自分の肉体の感覚を変えることには躊躇し、けっきょく『心や魂だけが自分の本質ではなく肉体も自分である、心の価値観を肉体に押しつけすぎてはいけない』という意図でその感覚を残した。
これだけが最後に残ったエゴであった。
そのあとコンプレットはナガトコ神殿で修行を遊び『悟れる修羅』として覚醒、しばらくは宇宙定数の維持などの仕事をしたが、アイスに『充分悟ったゆえ俗世を見てこい』と命じられ、コオリヤマのギルド訓練場に入学、ギルドに加入してマルゲリータと出会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます