どうかあなた、幸せになって下さい。私のことは忘れていいのです
MEIKO
第1話 プロローグ
「ここを出て行って。あなたがここにいることで、迷惑なのが分からないの?あの人の為を思うなら…今すぐに!」
美しい
私は「分かりました…」と独り言のように呟き、深々と頭を下げて部屋を出て行く。その時背中越しに聞こえたのは大きな溜め息。それは安堵に似たものだったけど、それだけではないように感じた。不安に後悔…それから深い愛。
何とも言えない感情を抱えたまま部屋に戻った私は、数少ない私物を片付け始める。ここへ来た時に持ってきた小さな鞄にそれを詰め込むと、あっという間に終わってしまう。
「荷物って、こんなに増えないものかしら…」
そんなことを呟きながら鞄を持ち上げると、中は空なのかと思うほど軽い。それに苦笑いしながらフラフラと立ち上がり、人知れず屋敷を出る。するとこれまで必死に抑えていた感情が沸々と湧き起こって…
──私はどうしたら良かったの?あなたさえいれば死んでもいいと言うべきだったのかしら…分からない!
爪に火を灯すような貧しい生活だったけど、それでも私は幸せだった。知ってる?あなたの腕に抱かれて、この世の誰よりも幸福なのは私だと確信していたわ。だけどそれはもう随分前のこと…私達を取り巻く環境は様変わりし、あなたとは口を聞くことさえ許されない。迷惑をかけてごめんなさい…そう言いながらも私は、どこかであなたを求めていた。もしかしてこの手を伸ばしたとしたら、握り返してくれるのではないかと期待をしていた。だけど全ては…
「フフッ…それはもう過ぎたこと。どうか愛するあなた、幸せになってください。私のことなど忘れて、幸せになって良いのです。陰ながら幸せを祈ります…あなたの幸せだけを」
そう微かに呟いた私は、正面門ではなく通用口の方へと歩き出す。それから少し歩いたところでふと立ち止まって…後ろ髪引かれる思いでもう一度だけと屋敷の方に振り返る。あなたがあの人を抱き締めて眠っているだろう部屋を見上げて…
「さようなら…今度こそ本当にさよならなのね?あなたを心から愛していました。だけど今日でそれを終わりにします」
俯きながら通用口から一歩外に出る。深夜の時間帯だからか人っ子一人おらず、シンと静まり返っている。すると…チラチラと白いものが舞い降りて、思わずそれを手のひらで受ける。するとあっという間に溶けてしまって…
寒さでブルッと身震いした私は、肩に羽織っていたショールを外して頭から被った。それから
それからどれだけ歩いただろう?所々にある街灯の灯りだけを頼りにひたすら歩き続けた。足先は寒さで既に感覚がなくなり、鼻先と頬は真っ赤になりジンジンとした痛みが!手もかじかんで、もはや何を持っているのかも分からなくなってくる。そんな状態の私は、既に全てを諦めていた。
──雪よ、私を隠して…
真っ白な塊になって、いっそこの世から消えてしまいたい。それでもフラフラと歩き続けて、やがて街外れの広場に出た。そして私はそこにあったベンチに腰掛ける。着ている服もコートも何もかもがビッショリと濡れ、もはや末端まで凍えて身体の感覚もなかった。だけど私はどこかそれにホッとしていた。もう楽になれるのだと…
「あの時死んでしまえば良かったの?だったらあなたの妻として死ねたのに…」
震える唇でそう呟き、真っ黒な空を見上げる。すると全てが自分に向かい降りてくるような灰色の雪。放射状に降り続いて身体をどんどん覆ってゆく。
──どうかもっと降り積って私を隠して下さい!この命が凍り付いてしまうように…
そして私は、静かに目を閉じた。もう二度と目覚めることなどないだろう…そう覚悟しながら。
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