走りたがりのスカルフェイス 走れなかった俺が転生したら、異形の機体で銀河の台本を覆すことになった
梶倉テイク
第一部 走る骸骨
第1話 一着のクビ
空圧音とともにコックピットが密閉される。
それとともにトーマ・ソウジロウは認証コードをタイピングしキースイッチを押し込んだ。
暗闇の中でブートアップシーケンスが
まるで星が生まれたようにモニターたちが点灯していく。
この世界に転生して十八年。
色々と好きなものができたりしたが、この瞬間がトーマは二番目に好きだった。
深呼吸すればシートの合成革のにおいと電子機器独特のにおい、わずかなオイルのにおいが鼻孔を擽る。
ロボットに乗っているという実感が湧いてテンションが上がるというものだ。
暖機運転していたエネルギーコアが通常運転へと切り替わって全身にパワーを送り出す。
機体出力が上昇していくにつれ肉体に振動が伝わってくる。
それがこれから始まるレースに対して戦意を上げてくれるというものだった。
モニター表示がグリーンとなり、システムの起動を音とともに伝えてくれた。
「ウェアクローズ『シントゥアン』起動完了。
それと同時に通信用のウィンドウが開き、小太りの男の顔を映し出す。
『わかっているなトーマ。今回のウェアクローズレースの主役はファンゴルン社だ。台本には目を通してあるな』
トーマはモニターの一つに映ったレースの流れを描いたファイルに苦々し気に視線を向けた。
最初のコーナーで前を走るファンゴルン社のウェアクローズに対して攻撃を仕掛ける。
その後、反撃にあってやられるとあった。
ファルゴルン社の新型盾と新武装の性能を身をもって示す役だと書かれている。
「……はい」
そう答えたがトーマとしては不満だった。
隠したつもりだが、そんな内心が人知れず乗ってしまったかのような重く響いた声を見透かしたかのように監督は念を押すように告げる。
『良いか、この前のようなことはするな。余計なことは要らない。それでスポンサーたちは満足し俺たち社員と
「……わかってます」
『本当にわかっているのだろうな? 君にも家族がいるのだろう? 彼らを養いたいのなら台本に従うのが利口というものだよ、撃墜王』
「何度も言わなくてもわかってますよ、監督」
『……ふん、良いだろう。もうすぐレース開始だ。良いな、台本通りだ」
最後まで台本通りを連呼しながら通信が終了した。
トーマは重苦しく息を吐いた。
走って一番になるためにレーサーになった。
それなのに会社は勝つことを赦してくれない。
だからと言ってやめるわけにはいかなかった。
トーマには養うべき家族がいるのだ。
それでも溜め息はでる。
「はぁ……」
溜め息を吐くと嫌な気分も一緒になって外に出ていくかもしれないと、何度も息を吸っては吐くを繰り返す。
レースに少しでも集中できるような気がして、目にかかったくすんだ黒髪をかき上げてヘルメットをかぶる。
「行こうか、相棒」
機体そのものを確かめるように操縦桿をとゆっくりと握り直し、惑星降下用コンテナ格納庫からスタートラインへと向かう。
そこには同じ人型の巨大ロボットたちが並んでいる。
ウェアクローズ。
銀河帝国の始祖が広大な宇宙で活動するために作った衣服を、ユニバーサル・フレーム社が発展させた人型機動兵器。
今から行われるのはこのウェアクローズを使ったレースだ。
もっとも表向きはという注釈がつくのだが。
「…………」
トーマがスタートラインにつくと、同時にカウントダウンが始まる。
「ふぅ……」
うるさいほどに心臓が高鳴っていた。
どんなに不満があってもこの時間に感じる心地よいプレッシャーは変わらない。
この時間がトーマは一番好きだった。
「また走れるんだ、走ってやる」
呟きと同時にスタートを告げる甲高いブザーが鳴り響く。
「行け、シントゥアン」
フットペダルを蹴っ飛ばし出力をHighモードへ。
ブレイン・マシン・インターフェースがトーマの脳内電気信号を読み取って駆動命令を伝達する。
十三機のウェアクローズが一斉に走り出した。
二十六の脚が砂煙を巻き上げ、大地を揺らす。
「ははっ!」
シントゥアンのショックアブソーバーは最新式で、コックピットに感じる揺れは最小限。
しかし、それでも揺れはトーマに大地を踏みしめて走っていることを感じさせた。
モニターを過ぎ去っていく光と色の洪水。
びゅうびゅうと装甲に吹き付ける風。
時速にして百二十キロメートル。
十メートル以上はある巨人がホログラムによって区切られた荒野を横切る。
このまま風になってどこまでも走っていけるかのようだ。
トーマは衝動のままフットペダルをさらに踏み込もうとする。
その直前、前を走るファンゴルンのウェアクローズに気が付いた。
『よろしく頼むぜ』
その通信が冷や水をぶっかけた。
トーマの頭が冷える。
「……確か名前はカウヘッドだったか?」
『そうさ、イカすだろう? うちのデザイナーたちいい仕事するぜ。もちろんこの盾もピカイチさ。さあ、いつでもいいぜ?』
カウヘッドは大型盾と大型の肩武装を持った一見して牛のような顔つきの機体だった。
武装が大型であるためか、速度は出ていない。
抜かそうと思えばすぐにでも抜かせる。
――良いか、台本通りだ。
しかし、先ほどの監督の言葉が脳裏にちらつくせいでトーマはフットペダルを踏み切れずにいた。
「わかってるよ。そうしないとクビになることくらい」
ホログラムで形成されたコースの最初のカーブが来た。
台本の時間だ。
ウェアクローズレースには、トーマがレーサーになって初めて知った最悪の真実が内包されている。
それはこのレースが新武装をお披露目する場であるということだ。
なによりも大事なはずのレースの勝敗よりも、スポンサーの新製品をよりアピールすることが求められる場だったのだ。
大企業らがつくる宣伝台本に従わない者に居場所はない。
トーマはそんな世界に足を踏み入れてしまったのだ。
でも、勝ちたいという衝動には逆らえない。
「……いや、俺はお兄ちゃんなんだぞ」
養うべき家族の顔が脳裏に浮かぶ。
その時、そんな考えを彼方へ吹き飛ばす後方接近警報が鳴り響く。
前を走る者を崖っぷちに追い込む絶望の足音。
「っ!」
レーサー
迷いなくトーマはスポンサーのロゴが入った武装をパージ。
機体に羽でも生えたようだった。
『おい、何して――』
通信オフ。
制止する声は邪魔だ。
これで自由か?
いいや、まだ邪魔はある。
背後から撃ち込まれるミサイルの雨。
「問題ない」
トーマは凄まじい技巧で躱す。
前には誰もいない。
そして――。
「クビだ」
「それでも、一着だ」
そう呟くも、トーマの肩は落ち切っている。
これでは負け犬の遠吠えとそう変わらない。
そんな彼を嘲笑うように勢いの良い雨が追い打つ。
勝って嬉しいはずの気持ちがどんどん排水溝に流れていくようだった。
「はぁ、これからどうしよう……」
後悔先に立たずというが、わかりきっていた結果に突っ込んだのは自分だ。
自業自得で、どう家族に説明したものかと憂鬱になる。
そんな風にトーマはとぼとぼと雨に濡れながら少ない私物の入ったコンテナを抱えて通りを歩いていると不意に雨が止んだ。
「うん?」
まだ雨が止む時間ではないはずだがと視線を上げると、気の強そうな金髪の少女が傘を差しだしていた。
こんな時でもなければお茶にでも誘いたくなるくらいの美少女だった。
ただ、こんな少女にまで迷惑をかけているという事実が心苦しい。
とりあえず謝罪でもと口を開きかけた時、少女は鷹揚に頷く。
「見つけた。あなた、うちに来ない?」
「はい?」
「決まりね」
「え、いや、あんた誰……?」
「わたし? ユリア・サザンカよ」
これからよろしく。
何もわからないトーマを差し置いて彼女は雨を吹き飛ばす太陽のように笑った。
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