第9話 遭遇
帝都銀行本店でICT推進部は新設の部で、営業本部や融資部など花形の部門とは異なるが、部長職のほとんどが五十代であることを考えれば、三十そこそこの肇にはそれでも荷が重い。部長職には執務室が与えられ、ガラス張りで、プライバシーは守られないが、防音は完璧で、どう言う仕組みかはわからないが、スイッチ一つでガラスが白くなって執務室の中が見えなくなる。
その執務室で、肇はテレビを見ていた。テレビでは「速報 帝都HD常務の転落事故で警察が緊急記者会見」というテロップと共に記者会見場を映していた。やがて三人の男が登場し椅子に座った。一人は神田署長、あとの二人は刑事課長と捜査員だった。
刑事課長が口火を切った。
「先日来発生しました帝都銀行副社長兼帝都HD常務取締役の御手洗吟四十二歳の帝都銀行本店ビルでの転落死の件で捜査をしておりましたが、本人の遺書が見つかったこと、そのほか不審な点等が見当たらないことから、自死と判断し、捜査を終了することといたしました」
記者席側から「え~」という驚きの声が上がった。
「自殺の背景には何があるのでしょうか?」
手を上げて指名されるのももどかしく、記者が質問した。刑事課長が答える。
「それは私たちの捜査の対象ではありません。が、遺書にはプレッシャーを感じさせる一文がありました」
別の記者が質問する。
「御手洗常務が帝都HDの次期社長に指名されてからまだ間もないのですが、なにか精神的に不安定な状態だったことを窺わせるようなことはあったのでしょうか?」
肇はリモコンを使ってテレビを消した。そのとき電話が鳴った。肇は受話器を取って出た。
「私だ。どういうわけだ! 捜査終了だなんて」
父正憲の声だった。
「それは……私に言われても……」
肇はそう言うしかなかった。
「憲次に言っても……」
正憲の怒りはおさまらない。肇は受話器を耳からはずし、暗くなりかけている窓の外をながめた。正憲の愚痴はいつまでも続いていた。
※ ※ ※
警察署の記者会見も終わったころ、普段なかなか定時で帰ることができない肇も、捜査終了と聞いて脱力感に襲われ、帰宅することにした。帝都銀行本店から地下鉄の駅の入口に向かって歩いていると一人の男が後をつけてきた。肇が交差点で立ち止まると、その男が話しかけてきた。
「御手洗肇さんですね?」
肇はふりかえってその男の顔を見た。
「え~と、どちらさまでしたか?」
小さい口ひげをはやした男の顔に見覚えはなかった。ICT推進部は銀行内部の情報システムを新設・改修するセクションで、一般の顧客との接点はない。肇も二十代の頃は支店に配属されて顧客周りもしたが、遠く離れた支店でのことであり、ずいぶん昔のことなので、もう当時の顧客のことは記憶にない。男がポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚差し出した。「週刊『スクープ』 記者 高木 徹」とある。
「私、『スクープ』という週刊誌の記者をしている高木と申します」
「週刊誌……週刊誌の記者さんが私になんの用事でしょう?」
「お兄さんの死について調べているものなんですが」
「兄の……ほんの先ほど兄は自殺だったと警察が記者会見したはずですが……」
「はい、私もその記者会見は見ていました。出席してもよかったんですが、どうせ中身のない会見ですから。実は今回の捜査終了……というか捜査打ち切りには反対している捜査員も多かったようです」
「え、捜査は打ち切りになったんですか? 終了ではなく?」
「ええ、こう言ってはあれですが、捜査員から極秘の情報もいただいています。それで弟さんである肇さんのお話もおうかがいしたくてお待ちしておりました。どうでしょうお時間をとっていただけませんか?」
高木が言う「極秘の情報」という言葉が気になった。
「わかりました。実は私も兄の死に関して奇妙なことを耳にしていて気になってはいたんです。どうでしょう、今度の金曜日に帝都銀行にいらっしゃいませんか?」
高木はにっこり微笑んでから言った。
「ありがとうございます。現場も拝見できればうれしいです」
肇は自分の名刺を高木に渡しながら答えた。
「いいでしょう。できるだけ協力しましょう」
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