第四話
鈎宮チャイルドの自己紹介に、僕たちはものすごいインパクトを受けた。そしてほんの数秒、静寂が場を支配する。沈黙を破ったのは、母様の小さな微笑だった。
「ふふっ、若い頃の鈴音ちゃんにすごく似ているわね。そうは思わない?」
母様の言葉に最初に反応したのは、この中でいまだに一度も言葉を発していない、鈎宮チャイルドの母親らしき人物だった。容姿は娘と同じ黒髪赤眼で、どこか性格がキツそうなイメージを感じるつり目の美人である。
「私の若い頃を持ち出すのはやめてほしいわね。あの時の私の行動はいわゆる黒歴史というやつなのだから。橘くんも音羽に言ってちょうだい。息子の前で中学時代の話をされるのは嫌でしょう?」
突然話を振られた父様は、ほんの少しだけ驚いたような顔を浮かべた。だがすぐに表情を直し、何かを考える…あるいは想像するような素振りを見せる。
「たしかに僕の中学時代も黒歴史みたいなものだから、皐月の前で話されるのは嫌だね。音羽にも皐月に知られたくないことがあるだろう?」
父様の中学時代…気になるね。あれかな?中学2年生が必ず患ってしまう病にでもなったのかな?前世の僕もたしか患っていたんだよね。その病が治ってから、恥ずかしさに悶えたのは懐かしい記憶だ。
「改めまして、
淑女スマイル―つまるところ営業スマイル―を浮かべて、僕にペコリと頭を下げる鈎宮マザー。これに対して、僕が取るべき行動は…。
「橘皐月です!!お姉さんは母様のお友達なんですか?」
とりあえず子どもっぽい口調で、好奇心のまま質問する。えっ?もう分かってるんじゃないのかって?当たり前でしょ。これは印象を良くするためだよ。
ほら、いわゆる母性をくすぐるというやつだ。ものすごい美少年(自画自賛)に教えを請われて嬉しくないヤツっていると思う?これがねぇ…いないんだよなぁ!!データはあるのかって?もちろん。
こういう時が来ても大丈夫なように、自宅にいる使用人たちに試してたんだ。その結果性別関係なく…まぁ女性のほうがウケがいいのだが…頬を緩めて対応してくれたよ。
ちらりと鈎宮マザーのほうを見ると、完全に挙動が止まっていた。なぜ?何があった?今の行動って、そんなにまずかったかな?そんな不安が押し寄せてくる。
やがてプルプルと震える手を口もとに持っていき、驚愕の表情を作った。まるで人生で一番驚いているかのような表情を浮かべ、信じられないものを見る目で見つめられる。いや…怖いのだが。
「ありえないわ。この世にこんな可愛い子がいるなんて!!」
震える声でそうつぶやいた。いや、そこまでか?たしかに顔はいいけどさ…天使はあくまで比喩でしょ?もしかしなくてもほんとに天使だったってオチはないよね?
まぁそれはそれで面白そうだけど。でもここからファンタジー展開になるとかは、さすがに僕の思考が追いつかないよ。もう魔法とか異能とかはないって思考が脳に染みついちゃってるからね。
「皐月くん…私の運営してる芸能事務所でデビューしない?貴方なら絶対売れるわよ?アイドルになれば、それこそ世界進出も夢じゃないわ。」
うーん、話が飛躍しすぎだね。ここってほんとに入学式会場?だとしたらなんで僕はスカウトされたんだろう?返答に窮していると、母様が助け舟を出してくれる。
「鈴音ちゃん、皐月に変なことを吹き込まないで。ほら、すごく困った顔を浮かべてるわ。それに勧誘はこの場でやるべきことではないでしょう?あくまでこの場は新入生たちの顔合わせの場よ。」
母様の言葉でようやく我に帰る鈎宮マザー。不満そうな表情を浮かべている鈎宮チャイルドこと詩織ちゃん(僕も今気づいたのだが)に目を向けて、一言ごめんねとつぶやいた。僕に対しても同じことをしてから、椅子に座り直す。
「橘皐月っ!!私が貴方の話し相手になってあげるわ。感謝しなさい。」
突然、ガタリと音を立てて立ち上がる詩織ちゃん。これから戦うらしい相手とおしゃべりって…と思ったのは内緒である。父様に目を向けるとコクリと頷いたので、許可してくれたのだろう。
「それじゃあ鈎宮嬢。あちらに飲み物があるらしいので、一緒に取りに行きましょう。」
新入生であろう子どもたちが集まっている場に視線をやり、そこへ行こうと提案する。ジュースももらえるらしいし、初めての提案にしてはかなり頑張って振り絞ったと思う。
この喋り方はどこで覚えたのかって?これはじいやこと加藤さんに教えてもらったんだよね。あの人、執事長兼父様の専属執事でもあるから、いろいろなことを知ってるんだよ。
執事なのである程度は礼儀作法ができる。だから礼儀作法を教えてもらったのである。2年以上教えられても、まだ一人前にはほど遠いらしいけどね。
えっ?父様と母様はそのことを知ってるのかって?母様は知ってるけど、父様は知らないね。だから今もギョッとした顔をしてるでしょ?
「どうしたのですか、鈎宮嬢?」
ポカンとした顔を浮かべて、固まっている詩織ちゃん。どうしたのだろうか?ほんの少し耳が紅くなっている気がする。そこで僕は閃いた(が当たっているとは言ってない)。
はは〜ん。この娘、今日が楽しみで寝れなかったんだね?それで少し体調が悪くなったんじゃないかな?天才的な推論だね。もしかしなくても僕には、名探偵の素質があったのかな?
まぁ名探偵というのは冗談だけど、体調不良っていうのは当たっているんじゃないかな?だって顔が赤いし。鈎宮ファザーにそのことを伝えようとするが、それを察したであろう詩織ちゃんが振り返れないように両肩を抑える。
まぁ楽しみだったのなら、途中で水を差すようなことをするべきじゃないか。たぶん詩織ちゃんの両親も気づいてるだろうしね。
そう結論づけた僕は振り返るのをやめて、彼女の手を取り再び歩み出す。そんな僕たちを見て、保護者たちが微笑んでいることに、僕は気づかなかった。
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