第3話




§



 私は小学生になり、周りの友達にはママの星の事は言わなくなっていた。

 わざわざ言う事じゃないし、きっと誰も信じてくれない。

 それに、あの言葉を思い出す度に胸が苦しくなる。

 でも夜空を見上げる度に、ふと考えてしまう。

 この星空の中に、本当にママはいる?

 けれど、その答えを探そうとは思わなかった。――本当の事を知ってしまうのが怖かったから。



§



 教室の隅でいつも一人で座っている男の子がいた。

 望月真くんだ。

 彼はクラスに友達がおらずいつも一人だった。体育や図工、音楽の時間でグループやペアを作る時、彼はいつも余り物だった。彼にも友達はいるのかもしれないけれど、二年生になってクラスが変わって皆、違うクラスになったのかもしれない。

 でも彼は一人でいる事を気にしてる様子はなくて、いつも自分の席で本を読んでいる。



 ふと私は、彼がどんな本を読んでいるのか気になった。それはただの気まぐれな好奇心だけれど、クラスで友達もいないのに堂々としてる彼自身が気になったというのもある。



「望月くん、いつもなに読んでるの?」



 彼の席まで近付いて、そっと声を掛ける。すると彼はゆっくりと顔を上げた。



「天見さん。珍しいね、僕に声を掛けるなんて」



 彼の声を聞いて、私は少しだけ驚いた。他の子たちとは全然違う、大人っぽい喋り方だった。他の男子はぎゃんぎゃんうるさいのに、彼の声は、パパや先生みたいな落ち着いたトーンだった。



「いつも本読んでるから気になって」



 すると望月くんはとくに面倒臭そう感じもなく、親切に本を閉じて表紙を見せてくれた。栞挟んでないけどよかったのかな? と思ったけれど、言うより先に私は目を奪われる。――その本のタイトルに。



『よくわかる! 宇宙と星のひみつ』

 ――・・・・・・星。

「宇宙の本、読んでるんだ」


 途端、彼の興味が一気に上がった。



「星、好きなの?」



 私は訊ねると、彼はコクリと頷く。「うん、好き」

 静かに頷く彼の表情は優しげで、その好きには愛着が感じられた。

 ――もしかしたら、彼はなにか知ってるかもしれない。

 そう思った途端――、



「ママの星」

「え?」



 私は思わず、呟いていた。

 小学校に上がってからは、誰にもママの事は話してないのに。話すのが怖いと思っていたのに。でも彼はなにか知っているかもしれない。もしかしたら、ママの星の真実について知ってるかもしれない。

 そう思ったら、つい呟いていた。

 望月くんはキョトンとした顔をするから、私は付け加えて言った。



「ママがね、死んだら星になるって言ったんだ。だから幼稚園の頃、ずっと夜空を眺めてたんだけど、ママの言ってた事って本当?」



 すると望月くんは黙り込む。

 急にこんな話をされて困ったのかもしれない。もしかしたらバカにしてるかもしれない。

 私は言った事を急に後悔する。けど、少しして望月くんは私の目を真っ直ぐに見た。その目は私をバカにするような感じはなくて、真剣そのものだった。

 そして望月くんは言った。



「・・・・・・人は、死んでも星にならないよ」



 その言い方に感情的な感じはなく、淡々としていた。だからこそ、彼の言葉が事実を言っているのだと分かった。

 望月くんは再び本を開きながら、話を続ける。



「星って、ここにも書いてるけど、ガスの塊なんだ。ガスは気体だから物体ですらない。だから人は死んでも星にはなれないよ」



 望月くんの言う事は難しくてよく分からなかったけれど、人は星にならないという事は分かった。

 事実を聞かされて、私はショックを受けた――という事はその実なくて、意外とすんなりと受け入れている自分がいた。



 幼稚園の時に、人は死んだら星になるという言葉を嘘だと言った、あの男の子と、言われている事実は一緒なのに、望月の言葉には傷付かなかった。

 でも、彼の言葉にこそ傷付かなかったけれど、彼の言った事実には悲しくなった。

 ママは死んだら星になる。



 あの言葉は嘘だった。そして、一緒になって信じてくれたパパも、嘘を吐いていたんだ。

 でも、不思議だ――悲しい筈なのに、胸が温かい。

 でもそれは一つも矛盾してない。



 確かにママは嘘を吐いた。でも、それは優しい嘘なんだ。私を傷付けないようにと吐いた、優しい嘘。そして一緒に嘘を吐いたパパも優しい。 すると不意に、望月くんが申し訳なさそうに謝った。



「ごめんね、事実を知りたいとは限らない事は分かってるけど、でも僕、宇宙や星が好きだから、そういうの、誤魔化したくないんだ」



 望月くんは正直に自分の気持ちを話す。それは誠実で、だから彼の事を悪く言うつもりも、悪い感情が出てくる事もなかった。



「ううん、いいよ。本当の事言ってくれてありがとう」



 私はそう言って笑いかけると、望月くんは少しだけ救われた様子だった。



「てゆうか星って、ガスなの? 石じゃなくて?」



 私はふと、思い出してそう訊ねる。 すると望月くんはフッと笑う。それはバカにしたとかじゃなくて、気を許した時に見える笑い方だ。



「たぶんそれは隕石と勘違いしてるんだろうね。隕石は流れ星って言うもんね。天見さんが言ってる星って、夜空に光ってる星を指してると思うんだけど、あれは恒星って言って、隕石とはまた別ものだよ」


「へぇ、そうなんだ。私てっきり星って石なんだと思ってた。望月くんは詳しいねぇ。星博士だね」



 思わぬ事実を知らされて私は驚くと共に、望月くんの物知りっぷりに驚く。

 すると彼は照れ笑いを浮かべた。



「博士って言うほどのものじゃないよ」



 そんな事ない。他の男子に聞いたってまともな返事は返ってこないだろう。望月くんはすごいよ。



「でもそっか、星は石じゃないのか」



 そこで私は、ふと気付く。

 幼稚園の時、ママの事をウソつき呼ばわりした子の事は信じてなかったのに、その子の言った星が石ころって言葉は信じてたなんて。

 もしその子の言う事が嘘なら、星がただの石ころっていうのも嘘だと思うのが正しい筈なのに。



 なんだか、よく分からない基準に振り回されていた自分がバカみたいだ。

 私は吹っ切れた気持ちになると、望月くんがふと話を戻す。



「確かに人は星にはならないけど、それに近い話で言えば、星座があるよ?」

「正座? なにか悪い事したの?」


「いや、正座じゃなくて星座だよ。てゆうか天見さんの正座のイメージって悪い時に座らされるイメージなの?」


「カツオくんがよくさせられてるよね」

「なるほど。ともかく正座じゃなくて星座ね」



 星座。



「夜空に光る星と星を繋いで作った形や名前の事だよ。ほら、星座占いとかで聞くでしょ? 蟹座とか牡牛座とか、蠍座とか」


「あー、確かに。あれ星座なんだ」


「星座って、全部じゃないけどそれぞれに物語があって、それは全部人が作ったものなんだ。だからさ、人は死んでも星座にはならないけど――想いは人を星座にするよ」



 その言葉は私の心に届き、指先でぷにぷに触れらたような気がした。心は柔らかい事を知る。だから心ない言葉には棘があって痛いし、、優しい言葉は触れられて気持ちいいんだ。



「だから天見さんも見つけるといいよ。自分だけの星座。お母さんの星座を」


「出来るの? そんな事」


「出来るよ。星は無数にあるし、誰のものでもないんだから好きに作ればいいと思うよ。大事なのは、天見さんの気持ちだよ」


「望月くん、本当に私と同い年?」



 背中見たらチャック付いてない? 中身は大人が入ってそう。



「でもありがとう。早速、今日探してみるね」

「見つかるといいね」

「うん」



 今度こそ見つけるよ。

 ママの星。星座を。



 その日の夜、私は久しぶりにベランダに出た。小学校に入学してから星を探す事は少なくなっていた。だからパパは私の事を不思議そうに見やり、「どうしたの?」と訊ねる。



「今日ね、クラスの男の子に星について教えてもらったの」



 私はいつもの、今日あった出来事を話すみたいに言うと、パパは少しだけ暗い顔をした。それがなぜだかは分かる。から、私は明るい声で続けた。



「その子は望月くんって言うんだけど、宇宙とか星が大好きなんだ。で、その子に聞いたんだけど、人は死んでも星にならないんだって。だからママの言った事は嘘だったんだ」


「・・・・・・お母さんは未星を傷付けない為に言ったんだ。その事は分かって欲」


「知ってる」



 私は遮り、言った。



「知ってる。ママの吐いた嘘は、優しい嘘なんだって事。そしてパパも」

「・・・・・・未星」



 私は怒ってないと伝える為に笑顔を向けると、ふとパパと目が合った。するとパパの目は潤んでいた。

 その目は悲しい涙じゃないのは分かる。涙にも色んな涙があるんだろう。でもパパがそんな表情を見せるなんて珍しいから少し気まずい。

 だから私は話を戻す。



「それと望月くんが言ってたんだけど、人は死んでも星にならないけど、想いは人を星座にするって。だから今日はママの星座を探そうと思うの」


「なるほど、星座か」

「うん。だからパパも一緒に探して。ママの星座」

「いいよ、探そう」



 そうして私たちは夜空を指差し、ママの姿を探す。ママの姿を重ねる。

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