第32話 旅行

 以前、春先は都合が良いとの先方の言葉を信じて伺いを立て、準備が整い旅行に出発したのはテレーゼがアンネリーゼの師を辞すると決めた20日後の事だった。


 先方は今回の旅行に剣聖レオンハルトと傭兵として名の知れたテレーゼが同行する事を知り、二つ返事で歓迎してくれた。目指すは帝国北部、オイレンブルク侯爵領だ。

 

 アンネリーゼは今回オイレンブルク侯爵領に向かう事をレオンハルトには伝えているが、テレーゼには内緒にしている。

 オイレンブルク侯爵領の特産は馬産であり、アンネリーゼは今回の旅行でテレーゼに馬をサプライズプレゼントしようと画策しているのだ。


 テレーゼはアンネリーゼの師として初めて皇宮に訪れた際も馬車で移動して来たらしく、師を辞して去るというならばと、アンネリーゼはこれまでの礼と親愛を込めて帝室御用達の馬を下賜しようと考えた。

 また、アレクサンダーもこの提案には非常に意欲的で、まだ12歳というアンネリーゼを一流の剣の使い手として育て上げた手腕と、感情を切り離し、自身の敗北を持って弟子の成長を祝福し辞するというテレーゼの師としての矜持に感銘を受け、それを讃えるため快諾したのだ。


 よって、オイレンブルク侯爵領に向かうとテレーゼに知られては、せっかくのアンネリーゼの計画がバレてしまいかねないため、内緒にしているのだ。


 「殿下、そろそろ何処に行くか教えてくださいよ…」


 「まだ内緒ですわ!」


 「たまにはこういう旅も良いではないか。行き先も知らずフラリと訪れるのも悪くはないであろう?」


 皇宮を発つ際、馬車に乗り込んですぐに強制的に目隠しと耳栓を付けられ、自分が今どの方角に進んでいるのかすらも理解出来ていないテレーゼが不安気に尋ね、アンネリーゼとレオンハルトは笑いながらそれに答える。


 今回の旅行の人員は馬車に乗っているアンネリーゼ、レオンハルト、テレーゼ、カミラの4人と、護衛のためにガーランド含む騎士が8名、そして御者がアンネリーゼ達の乗る箱馬車と旅の荷物やコンラートへの謝礼の品などを乗せた荷馬車に1名ずつの計14名だ。


 アンネリーゼは、今まで師として接して来たレオンハルトとテレーゼの2人との初めての旅行に心を踊らせながらも、テレーゼとの別れが近いことの寂しさを心の内にしまい込み、明るく振る舞う…その姿を見て、レオンハルトは寂しさを感じた。

 

 ーー儂もそう遠くないうちに殿下に別れを告げることになろう…最期に良き弟子に巡り合わせてくださった陛下に感謝せねばのう。

 

 レオンハルトは目を閉じ、剣の才を見極めるためアンネリーゼと初めて出会った日を思い出す…心優しく、落ち着いているかと思えば意外とやんちゃで、真面目に剣の訓練に向き合うアンネリーゼと過ごした日々を思い出し自然と顔がほころぶ。

 そして同時に、アンネリーゼが12歳という若さで背負うには重過ぎる何かを背負っていることに気付きつつも、自分に残された時間が短い事に悔しさを覚えた。


 ーー最期に何かしてやれることがあれば良いがのう…。


 レオンハルトが手を伸ばし頭を撫でると、テレーゼとカミラの2人と会話を楽しんでいたアンネリーゼがレオンハルトを見上げ、嬉しそうに微笑む。


 ーー子や孫がいるというのは、恐らくこういう気分なのかもしれんのう。


 剣に身を捧げ、帝国に忠節を尽くし続けたレオンハルトは独身を貫いていたため、家族と呼べる者はいない。

 そのため、数少ない弟子であるテレーゼとアンネリーゼのことを子や孫のように感じているのだろう。


 「ふふっ、くすぐったいですわ先生」


 「おっと、これは失敬!ちょうど良い位置に殿下の御髪があったものですからのう!」


 「あら、では存分に撫でてくださって構いませんわよ?だって私は褒められて伸びる子ですもの!」


 「アンネリーゼ様、禿げても知りませんよ?」


 「何ですって!そ、そんな事ありませんわよね!?」


 ボソリと呟いたカミラの言葉にアンネリーゼは慌て、両手で頭頂部を確認し、その姿に馬車の中が笑いで溢れた。



 ***



 アンネリーゼ達はオイレンブルク侯爵領へ向かう道中、テレーゼに最終目的地を悟らせないため近隣の他領に立ち寄るなどしてその地を管理する貴族達とも交流し、往路は通常の倍の時間を掛けてゆっくりと進んだ。そこには、テレーゼと過ごす時間を少しでも多く記憶に残したいというアンネリーゼの想いもあった。


 帝都を発って12日後、一行は侯爵領に到着してコンラートの歓待を受け、翌日放牧地へと向かう。


 「おお、ここがあの絵画のモデルになったあの放牧地ですか!」


 「これはまた素晴らしい眺めだのう…」


 「私が民の笑顔と同じくらい好きな景色ですわ」


 自分が感動した景色に尊敬する2人の師が同じ感情を抱いてくれたことに、アンネリーゼは嬉しく思い笑顔になる。


 「オイレンブルク卿、私が頼んでいた毛色の馬はおりましたか…?」


 「はい、6歳になる牡馬が一頭おりました…」


 「良かった…無理を言ってしまってごめんなさいね…」


 「いえいえ、高名なテレーゼ殿に乗っていただく予定の馬ですから、わたくしとしても光栄でございます…」


 テレーゼが景色に魅入っている隙に、アンネリーゼは隣にいたコンラートに確認して安堵する。

 今回、アンネリーゼは駄目で元々と思いつつもコンラートに珍しい毛色の馬を頼んでいたのだ。


 「さあ先生方、早速馬を見に行きましょう!」


 「はい!」


 アンネリーゼの提案にテレーゼが元気よく返事をし、コンラートに案内を受けながら放牧地を見て回る。

 一行が帝室に献上する馬達の放牧地に辿り着くと、厩務員が一頭の栗毛の馬を引いて来た…その馬は馬体は栗毛特有の黄褐色をしていたが、灰色がかった金色に近い白の鬣を持っていた。


 「この子が…」


 引かれてきた馬の鬣に触れ、アンネリーゼがコンラートを見る。


 「ご所望の尾花栗毛でございます」


 「ええ、当に私の希望通りよ…本当に感謝するわ」


 厩務員から手綱を預かり、アンネリーゼはテレーゼに歩み寄る。


 「殿下は本当に馬がお好きですね…」


 そう言って呆れたように笑うテレーゼに、アンネリーゼが手綱を渡した。


 「テレーゼ先生…6年もの間、私の剣の師としてご指導くださり本当にありがとうございました…先生と過ごした訓練の日々は辛い時もありましたが、私にとって忘れられない掛け替えの無いものとなりました。

 この子は尾花栗毛という毛色で、先生の肌と髪の色に近いものを私が侯爵にお願いし用意していただきました。

 先生のこれまでの尽力に感謝と敬意を表し、この馬をヴァルドシュタイン帝国第一皇女アンネリーゼと皇帝アレクサンダーから贈らせていただきます…受け取っていただけますか?」


 「殿下…」


 言葉を詰まらせたテレーゼは躊躇いながらも手綱を受け取り、膝を折って頭を下げた。


 「謹んでお受けいたします…。殿下、私も楽しい日々を過ごさせていただきありがとうございました…」


 顔を上げたテレーゼは涙を堪えている。

 アンネリーゼはテレーゼに抱き付き、胸に顔を埋め声を上げて泣いた。

 師弟の関係が終わることを実感し、テレーゼも堪えた涙が溢れ出し止まらなくなる。

 皆が見守る何、2人の涙を攫うように春風が吹き抜けていった。

 

 

 

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