民衆が「悪逆非道な皇帝は倒された」と喜ぶ中、俺は倒されたその皇帝に転生させられた。
華洛
二十八日前
空は快晴。
その晴れ渡った空を、少しでいいからオレの曇った心にも分けてほしいくらいだ。
ここは現実世界じゃない。
ガラス製の筒の中。
前世であったボトルシップのように、瓶の中に造られた小さな模型の別荘地に閉じ込められている。
まあ、前世でのボロアパートからすれば天国みたいなものだが。
この箱庭に閉じ込められた理由は二つ。
逃走を防ぐこと、そして暗殺を防ぐこと。
仮に運よく脱走できたとして、皇城は構造は迷路のように入り組んでいる。
後宮に籠ってばかりいた元々の皇帝は、自分がいる城の構造を把握していなかったので、確実に迷う。
迷うだけならまだいい。
恨みを買いまくった身では、途中で暗殺されるのがオチだ。
思わずため息を吐く。
「皇帝陛下。お食事の用意ができました」
「……」
声がしたので振り返る。
三つ編みにした銀髪は腰の所まで伸びていて、肌は褐色、ロングスカートのメイド服が妙に似合っている。
ウェール・エルトラト。
オレを転生させた元凶たる死霊術師。そして監視役だ。
「皇帝陛下――か。白々しいことを言う」
「貴方様は間違いなくゴルヴィアス帝国の皇帝です」
「ハッ。肉体はそうだが、魂は違う!」
「この国の人々が求めるのは生きた皇帝。生きてさえすれば中身はどうでも構わないのです。
そもそも死ねば、皆等しく意思のないものとなるのですから……」
淡々とウェールは言う。
前髪が両目を覆い隠しているが、隙間から冷たい瞳が垣間見える。
……あまり好きなタイプの目ではない。
このまま空を眺めていても不毛か。
ウェールが先導する形で、屋敷の中へと入った。
屋敷はライトノベル等であるような公爵が住むような大きな屋敷で、部屋は数十に及ぶ。
その中でオレが使用するのは寝室、風呂、書斎。そして晩餐室ぐらいだ。
晩餐室に入ると長方形のテーブルの上座に、料理が並べられている。
出来立てなのか湯気が立っていた。
椅子に座ると、背後にウェールが立つ。
「――ウェール。お前も一緒に食べろ」
「私は皇帝陛下と食を並べられる身分ではありません」
「だからどうした。
これは皇帝命令だ。
お前が少し前に言ったことだ。オレは「ゴルヴィアス帝国の皇帝」だと」
「…………かしこまりました」
躊躇ったようだが、ウェールは頷いた。
正直、一般庶民で独身だったオレは、一人で食べるのは慣れている。
ただ後ろに立たれて無言で食べるのは慣れない。
ウェールは、皇帝用とは明らかに違う位置の椅子に腰を下ろした。
テーブルの端。距離を測るような、慎重な所作だ。
互いに食事を摂る。
会話はなく、広い晩餐室に食器の音だけが響く。
その重い空気に耐え切れず、ふと呟いた。
「公開処刑まで、残り一か月、か」
ウェールは手を止めて、顔をオレへ向けると頷いた。
「はい。諸王が調整を行うには、それだけの時間が必要です。
一か月後。皇帝陛下は、帝都の広場で処刑されます。
処刑された後は、死体は放置。臍に蝋燭が立てられ、蝋がなくなるまで放置されます。
放置されている間、民衆は遺体を好きにすることができます」
相変わらず、遠慮がない。
だが、淡々と事実だけを告げるその態度は、変に取り繕われるよりも信用できた。
それにしても……まさかオレが、三国志に出てくる悪人・董卓と同じような事になるとは……。
前世で普通に生きていた――ハズなんだけどなぁ
「それまでは、ここでの箱庭生活か……」
スープを口に運びながら、天井――いや、ガラス越しの空を思い浮かべる。
実際は室内。見える天候は幻術で作られたまやかし。
ここに入れられる前に見たのは、部屋中の壁に隙間なく配置された兵士の姿だ。
万が一、ここから出ても配置された兵士によって取り押さえられるのオチだな。
……酒池肉林を堪能していたこの体は、お世辞にも戦いに向いた肉体はしてなかった。
「なあ、ウェール。お前はなんでオレと一緒に、この中に入ったんだ?」
「邪魔者だからですよ」
「邪魔者?」
「ええ。私は数少ない皇帝陛下が死んだことを知っている者です。
そして死んだ肉体に、別人の魂を容れた――死霊術師。
そんな秘密を抱えているのですから、外に出しておくよりも、皇帝陛下と一緒に閉じ込めておいた方がいいという、王侯の判断です」
感情の篭っていない声でウェールは言う。
「それに皇帝陛下――。死ぬ時は、一緒に死んであげますので安心して下さい」
「……どういうことだ」
「死霊術師なんかは信用が足らないのでしょう。
皇帝陛下が処刑された後に、私も殺されるでしょう。
早い話が口封じですよ。
まあ、皇帝陛下の元で好き勝手に術を使ったのですから、別に後悔はありません」
死霊術は禁術とされ一般的に忌避されている。
故に使用する機会はなかったようだが、皇帝の元では自分の術を存分に使用できたという。
……僅かにある記憶の残滓では、ウェールは瀕死の人物の魂を、皇帝の命令で蛙や蛞蝓に容れるということをやっていた。
その瀕死の人物は、皇帝の気紛れで殺されかけた相手だ。
「……お前はいいよな。好き勝手できたうえで納得して死ねるんだからな」
オレは何一つ納得していない。
異世界転生を強制させられ、転生先は詰んだ皇帝で、帝国のための人身御供?
ふざけるな!!
「――皇帝陛下。私が憎いですか?」
「憎まれていないとでも思ってるのか」
「私は人の感情の機微に疎いので分りかねますが……。
憎いのでしたら、私を殺すことはできますよ。
私は皇帝陛下の奴隷。心臓に魔法印が施されているので、皇帝陛下が望み、そう命令すれば、私は死にます。
どのみち死ぬ運命です。皇帝陛下のお気持ちが晴れるのでしたら、どうぞ」
ウェールは淡々と言うと椅子から立ち上がり、両手を掌を前に組んだ。
……もしも命令すれば、ウェールは簡単に死ぬ。
そして死刑までの一ヶ月間、ウェールの死体と一緒に過ごすことを考える。
会話する相手もいない。
美味い料理を作る相手もいない。
前世はコンビニやスーパーの弁当で、自炊はほとんどしなかった。
この世界にはスマホなんて便利なものはないので、インターネットで調理のやりかたを検索することも出来ない。
つまり素人が異世界の食材で作った料理なんて、高確率でまずいに決まっている。
「……オレはお前は殺さない。
確かに一時は気が晴れるかもしれないが、その後はオレが後悔して病みそうだ」
「そうですか。つまり時間をかけて嬲っていくというわけですか」
「なんでそうなる……。
お前に求めるのは2つだ!
オレの会話相手! それと美味い料理を作れ!」
「……それだけですか?」
「ああ。なんだ……他に何がある」
「夜伽も可能です」
「……………必要ない」
皇帝は後宮に何万もの女性を入れたようだが、オレはそんなに性欲は強くない。
それに、ウェールはオレをこの境遇に陥れた張本人。
そんな女とするつもりはない。
「かしこまりました。皇帝陛下。
貴方様が望むように致しましょう」
「ああ。そうしろ」
逃げ場はない。
生き延びる道も……きっとない。
理不尽だと思う。
それでもオレは――
処刑まで……残り二十八日
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