鬼の蓉子さんの辛口相談室

拝詩ルルー

鬼の蓉子さんの辛口相談室

「……それで、婚約者の愛美に全部バレちまったんだ! なぁ、俺、これからどうすればいい!?」


 ここはとあるファミレスのテーブル席。

 私の目の前で頭を抱えて嘆いている男は、会社の同期の山田だ。フツメンだけど、調子がいいところがあるから、女ウケはそんなに悪くない。


 この山田、結婚式直前に婚約者に二股をかけてたのがバレたらしい。しかも、都合がいいと浮気してたお相手からは、妊娠したと結婚を迫られてるみたい。浮気相手が婚約者に突撃した結果、修羅場が勃発したらしい。


……あーあ、残念。その場にいたかったなぁ……どれほど美味なご馳走にありつけたことやら。



 私は鬼塚蓉子。鬼族だ。普段は人間のふりをしてる。


 鬼は古来より人間を喰らってきた──でも、それも今は昔の話。


 昔のように人間の数が少なく、村と村の距離が離れ交流や情報の行き来が限られていた時代には、多少人間が鬼に喰われて消えたとしても、「事故だ」とか「神隠しだ」とかで誤魔化せてた。


 でもそんな時代は、もうとっくのとうに終わってる。


 今みたいに山奥にまで人間が進出し、情報網が発達してしまったら、行方不明者が出るとすぐ騒ぎになってしまう。それに今の時代は、何かあれば即SNSに晒される世の中──いっそのこと、人間のふりをして暮らした方が鬼にとっても生きやすいのだ。


 人間の増加と生活の発展は、鬼の食生活までをも変えた。


 人間の多いところには、それだけ負の感情──怒り、悲しみ、嫉妬、不安、絶望などが渦巻いている。


 現代の鬼たちは、人間自体は喰らわずに、そういった負の感情を喰らって暮らしてる。


 人間が食べてる食べ物自体も、昔に比べて種類が増えて格段に美味しくなったことも関係してる。


 人間が主食だった鬼たちでも、あんな見た目にも美味しそうなものが目の前に出されれば、それは食べてしまいたくなるというものだ。


 現代の鬼は、人間の負の感情を主食に、人間が生み出した料理やお菓子なんかをおやつとしていただくのが一般的。


 特に人間が勤める「会社」というものは、人間のいろいろな負の感情が漂っている良い場だ。


 私も表向きは、中規模の商社に事務OLとして勤めてる。何より会社員ってだけで、この人間がはびこる世の中で、身分給与諸々が保証されるのはありがたい。


 私は鬼族特有のキツめの目元をしているし、人間の女性と比べたら、身長も高い。

 意識して笑顔でいないと、ただの怖い人になってしまうのだ──いつも笑顔でいて、場の人間の相談に乗るというていで「不安」や「悩み」を喰らっているうちに、いつの間にか「鬼塚さんに相談するといい」「彼女に話すとスッキリする」と評判になってしまった。


──まぁ、負の感情を私が喰らってる分、人間側が「スッキリする」というのは、あながち間違いではないけどね。



「鬼塚さん、俺の話聞いてる~? 俺、これからどうしたらいいと思う!?」


 目の前の山田が、心底情けない声をあげた。悲壮感たっぷりにくしゃりと顔を歪めて、フツメンがブサメンになってる。


 話を戻すと、山田としては、婚約者は資産家の社長令嬢だから結婚はしたい。浮気相手は、結婚前のちょっとした火遊びだったから、そっちとは結婚するつもりも、子供を認知して責任を取る気もさらさらないらしい──要は、クズ男だ。


 ちなみに山田はドリンクバーの冷めきったコーヒーを、私は季節限定のストロベリーと生チョコのパフェを食べてる。甘酸っぱいいちごと、とろりと甘い生チョコのコントラストがたまらない。


 こんな人の多い場所でとんでもない話をしているせいか、周りの席からチラチラと視線を感じる。「うわぁ……」とか「もしかして修羅場?」みたいな言葉も聞こえてくる。聞き耳を立ててる野次馬本人にとっては小声のつもりかもしれないけど、こっちにまで聞こえてるから。鬼の聴覚は鋭いのよ。


「そんなの、もう結果は出ているようなものじゃない? 婚約者には別れるって言われてるんでしょう? それなら婚約者には慰謝料払って別れて、浮気相手には責任取って結婚するなり、それが無理なら子供は認知して養育費払うしかないんじゃない?」


 私はバッサリと正論を吐いた。


 鬼のくせに正論やら倫理観を説くってどういうことだって思うかもしれないけど、正論は時に人を傷つけ、事実は時に人をどん底へと突き落とす。


 山田の顔が、みるみるうちにサーッと血の気が引いていく。具体的にこれからどうなるのか、イメージがついたみたい。


 彼から流れてくるのは、「想定外」、「困惑」、「裏切られた」という感情。

 相談に強い同期の私に訊けば、何か良い手が思いつくんじゃないか、なんとかなるんじゃないかって淡い期待をしてたみたいね。


 でも残念!

 私の狙いは、相談に乗ることでも、問題を解決することでもないから!


 ちょっとしたお悩み相談では味わえないような、濃厚で、何時間もじっくりコトコト煮込まれたスープのような、素材の甘みが溶け出した滋味深い味わいが、口の中に広がる。


 パフェを食べるふりをして、思わず舌なめずりをする。


 前菜のスープを味わってると、山田がいきなりバンッとテーブルを叩いた。


 彼の冷めきったコーヒーが大きく揺れ、ソーサーにまで溢れる。


「それじゃあ、俺が大変なことになるじゃないか!! 俺が聞きたいのは、どうやったら愛美と結婚できて、浮気相手には上手く身を引いてもらえるかなんだよ!!」


 おお、最低も最低。ここまでクズだったとは!

 山田、本当に自分のことしか考えてないわね。

 素晴らしい!


 今の山田から流れてくるのは、「怒り」、「動揺」、「焦り」──現実を受け入れたくない、信じたくないっていう強い思いと、どうやったら自分の身を守れるかっていう「自己保身」の思い。


──だからって、私に対して逆ギレしても、何の意味もないけどね。


 でもまぁ、本日のメインとしては十分かな。

 外国産牛肉のような、少し硬いけど、噛めば噛むほどお肉らしいワイルドな味わいを楽しめる感じね。


 これなら、つつきよう調理法によっては、まだもう少し美味しくなるんじゃないかしら?


 近くの席から「うわぁ……」というドン引いた呟きも聞こえてきた。


 山田の最低発言は、周囲からもいい感じにヘイトを稼いでくれてるみたい。周りの人間が感じた「嫌悪感」が、甘塩っぱいソースのように口の中に広がる。


 これだから愚か者は美味しいのよ!

 自ら負の感情を発するだけじゃなくて、周りからも負の感情を引き出してくれる──それも無限に!


 山田が自分勝手な言い訳を並べて怒れば怒る程、周囲の野次馬も「ありえない……」と嫌悪感丸出しになる。

 山田の最低な言動が、周囲の負の感情を引き出して、負の相乗効果──いや、メインのステーキにジューシーなソースで味わいを付け加えてくれる。


 素晴らしい負の感情素材のマリアージュに、頬が落っこちそうになる。

 思わず口元が緩みそうになり、テーブルに備え付けの紙ナプキンをサッと取り、口元を拭くふりをして隠した。


「頼む……! 俺、このままじゃマジでヤバいんだよ! 会社にだってバラすって脅されてるしさ!」


 山田は今度はテーブルに突っ伏して、しくしくと泣き落としにかかってきた。


 山田。あんたの涙には一円の価値もないのよ。それにすがる相手が違うんじゃない?


 山田の「不安」と「悲しみ」は、ほろ苦みのあるレモン味のソルベだった。

 ステーキの後だし、ファミレスでは一応ちゃんと甘いパフェも頼んだから、丁度いい口直しのデザートだわ。


 山田はしばらく泣いて、私には一切泣き落としが効かないと分かったらしく、すっくと上半身を起こした。


 あんたなんかの涙じゃ同情できないわよ。そもそもが自業自得だからね。


 私があまりにも白けたような真顔で見ていたからか、山田は一瞬ビクッとなってたわ。


「そこまで話が進んでるなら、私からできるアドバイスなんて何もないわよ」

「そんな……そこをなんとか……」

「私にはどうにできないわよ。そもそも部外者だし」

「そ、そんなぁ……」

「そもそもが自業自得でしょ。あと山田にできることは、誠心誠意謝ることだけじゃない? 大人なんだから、やったことの責任はしっかり取りなさいよ」


 私が正論でとどめを刺すと、山田はガックリと項垂れた。


 彼からは、お先真っ暗という「絶望」感が漂ってきた。


 手土産まで持たせてくれるなんて、山田にしては気が利くじゃない。


 周りの席の様子をチラリとうかがうと、野次馬たちは皆「スッキリした!」「よくぞ言ってくれた!」みたいな清々しい表情をしていた。


──あなたたちのそんな感情なんて、大して美味しくもなんともないんだからね。


 出涸らしのお茶なんて要りません!


「じゃ、あとはお会計よろしく」

「あ、おい。待てよ!」


 私が自分の荷物を持って席を立とうとすると、急に山田に引き留められた。


「相談に乗ったんだからいいじゃない?」

「あれで相談に乗ったって言えるのか!? 会計まで俺に払わせようとして、お前はオニか!?」

「ええ、ですから」

「…………」


 私がにっこりと一際綺麗な笑顔を向けると、山田はすっかり呆けてしまった。


 山田、最高に美味しい感情をご馳走様!



***



 久々にご馳走を喰らえて、上機嫌に家路をたどる。


「それにしても、人間のクズにと言われてもねぇ……何とも思わないわ」


 鬼であることは事実ですし。


 ファミレスを出てしばらくすると、彼氏から電話がかかってきた。


「今度の日曜に会わない?」


 艶のあるバリトンボイスが、スマホから響いてきた。

 彼からお誘いがあるなんて珍しい。


 彼の名前は鬼澤紫紋──もちろん、彼も鬼族だ。

 彼の場は、超過勤務が常態化したハード過ぎるブラック企業。休日に休みが取れたことがまず奇跡ね。


 社内に常に人間の負の感情が渦巻いていて、出社するだけですぐご馳走にありつけるから、結構気に入ってるみたい。


 まぁ、鬼の体力があってこそ続けられる職場ね。


「いいわよ」

「どうした? 今日は機嫌がいいな」


 彼の言葉に、自然と笑みが溢れる。こっちのことはバレバレね。


「ええ、久しぶりに美味しいご馳走が食べられたの」

「蓉子はよくそんなまどろっこしいことを続けられるな」

「あら? 信頼を得といて突き放した時ほど、美味しい感情にありつけることはないわよ」


 信頼してた分だけ、より絶望が深いのよね。


「鬼だな」


 スマホの向こう側から、カラリとした笑い声が聞こえてくる。


「もちろん、鬼ですから」


 日曜日の約束を決めて通話を切ると、私は清々しい気分で家に帰った。



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