物語を解体する~情報工学と文学~

萩津茜

文学を通して情報工学を理解せよ。

 情報工学は、容赦なく脳を使役して理解する学問である。様々な理論や構造を学び、応用を繰り返して、所定の成果を得る。明石高専あかしこうせんは電気情報工学科を擁する情報系高専であるから、情報工学の難解さは一定の共感を得るものであるだろう。この共感に伴い、学生諸君の課題は情報工学の難解さという壁を乗り越え、理論や構造を理解することであろう。私は情報工学の理解法として、文学を挙げたい。いや、このような前置きを用意しておきながら、本文の主題は文学である。

 物語というのは一種のプログラムである。このように言われても納得し難いかと思う。ただ、物語というのはたしかに情報工学の上に位置付けることが可能であり、物語の理論や構造を理解することで情報工学の何たるかを理解する一歩となるはずなのだ。

 物語を執筆するという立場で考えてみよう。物語に限らず、文章を執筆するとなると基本となるのが「プロット」である。これは文章の構成計画であり、執筆の手助けをする。いわば文章にとっての骨組みなのである。作家はこの骨組みに形容や情景描写などの装飾を施すことで、作品を可読性のあるものへと建設する。ここでは物語の構成について考えていきたいのだが、そのためには対象となる物語のプロット段階までさかのぼる必要がある。一体この物語はどのような骨組みに装飾の施された姿なのか、皮を破りながら考察することが要求される。では実際に物語の被る皮を破ってみよう。すると何が出てくるか。殆どの場合において、それは「起承転結」となる。とりわけ、現代のドラマや映画、ライトノベルにおいて頻繁に見られる、物語の構成形態だ。或いは、日記体や私小説、散文詩の形を取るものもある。だがやはり体外の物語は起承転結の骨組みが露わになるものである。具体例を挙げるならば、新海誠しんかいまこと「君の名は。」やアーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」などの作品が起承転結の構成を取る作品として該当する。

 起承転結というのはシンプルに見えて、実際の理解は世間において浅いように思われる。また、起承転結を活かしたストーリー構成というのも、実は簡単ではない。我々は起承転結を正確に理解しなくては、利用などできないのである。起承転結の構成においては「Theme」が主軸に添えられることが大半である。また、以後の話は起承転結+Themeの形を前提として進めていく。Themeというのは創作者が作品に込めた思いであり、作品を通して伝えたい思想性そのものである。作品を創作していればThemeというのは創作者の意思を無視して無意識にでも作品に付随するものではあるが、起承転結の構成においてはより色濃くThemeの存在が重要となる。起承転結は書いて文字のとおり、大まかに四つの場面で構成される。今回はこの場面をそれぞれ「Start・Preparation・Accident・Goal」と標記してみる。Startとは物語のはじまりであるとともに、Themeの提示である。StartはGoalと対になる。Goalは物語のおわりであるとともに、Themeの回収である。PreparationとAccidentは、StartとGoalの対に内包される形だ。Preparationにおいては潜在的に以降のストーリー展開に向けた準備が整えられ、いわばStartの補完的役割を果たす。AccidentにおいてはPreparationを受けて、ストーリーに動きをもたらす役割を果たす。

 起承転結の究極を求めるならば、PreparationとAccidentは不要である。物語におけるThemeはStartとGoalで大まか回収される。ただ、実際にこれを実行したとすれば、物語はとても読めたものではなくなるだろう。なぜなら、物語におけるオブジェクトへの掘り下げ不足により、Themeの与える価値は限りなく減衰げんすいし、読者は感動の一切を受けず、物語の筋を理解せずに終わるからである。PreparationとAccidentの果たす大きな役割は、読者への情報補填である。まさにPreparationとAccidentの存在によって、読者は物語に心を揺さぶられるのである。

 ここで、PreparationとAccident、StartとGoalを情報工学的に思考しよう。Start-Goalというのはmain関数かんすうであり、とりわけStartは変数の型宣言である。一方、PreparationとAccidentは諸関数となっている。例えば回顧録であったり、他方の場所であったり。main関数によって都度諸関数は呼び出される。物語上のObjectはmain関数を含む諸関数によって制御されるのだ。このように考えると、物語におけるプロットがどのように構成されていくのか、ということについて大まか検討がつくのではないだろうか。

 さて、ここまで物語の構造について解説してきたわけだが、ぜひ読者のみなさまにはこれまでの話をできるだけ頭の片隅に追いやっていただきたい。このような理論を念頭に作品を鑑賞すると、脳は作品に対する理工学的な考察をはじめてしまう。つまり、本来味わえるはずの感動が希釈されうるのである。

 物語を解体して考えてみる。さらに情報工学とも紐づけて、より理解しやすい形まで分解する。このような操作は、文章創作の場面に活用することができる。感動する物語にはそれだけ仕組みがあるわけで、ぜひともその技術を盗み、自らのものとしようではないか。文章創作に長けるには、つまるところ作品鑑賞に勝る訓練などないように思われる。

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