時雨
傘は忘れた。
止むのを待つ。
小雨。
僕はただ待つだけ。
「そう言えば」
なんて言ってみたけど、別に思い出すこともない。
退屈なのだけど、日々の退屈よりかは幾分かマシで、周りの風景が澄んで見えるような。
深く暗い空、硬い地面、薄らと光を与える街灯、そしてそれを反射する微かな雨粒……
こんなにも、世界は美しいのだけど、僕たちは見ることをしない。
それも、そのはずで、見たくないものだってあるのだから。人間なのだから。
人は視力を失ってしまうが、見ることを諦めない限り、見ることはできる。
見ることを諦めたら、見えなくなる。
そっと目を瞑り、バス停の屋根が弾く雨音を聞いてみる。
「 」
雨は、屋根にぶつかり、音を立てて弾ける。その一連を細かく聞くことはしない。
雨音のペースは、早くなったり遅くなったり、まるで僕の心を弄ぶような。
雨。
気が付けば、僕の前にバスは止まる。
ただ、僕は雨が止むのを待っているだけで、バスを待っているわけではないわけで。
それでも、僕はバスに乗る。
行く宛ては分からないけれど、乗ってみる。
夜が明けて、窓を伝う雫がいつの間にか無くなって、空は蜜柑のような色をしている。
前がどっちか分からないけれど、足を進めてみる。
また雨が降った時はバスに乗ればいい。
退屈から逃げるため。
逃避行のような旅をしてみようって思って。
僕の気持ちはただの、時雨。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます