第2話

 ひっつき虫のようになっているフリージアを撫でながら、レリアは考え込む。


(私室から脅迫状が見つかったとなれば、犯人は屋敷の奥深くに侵入したということになる……騎士団団長の屋敷だぞ? 警備はそれなりに厳重な筈だけど)


 そもそもレリアには、脅迫されたのが騎士団長というのがピンと来なかった。金や地位のある貴族相手ならともかく、相手は軍人である。それも軍のトップではなく、騎士団長。帝国軍の上層部ではあるが、貴族社会の帝国では何とも言えない立ち位置だ。

 金目的にせよ、政争の要素があるにせよ、わざわざ狙う理由がイマイチ見えてこなかった。


(だとすれば、あくまで脅迫自体が目的……私怨によるものかな?)


 こうなると、もうレリアの頭の中は脅迫状の件でいっぱいである。一度何かが気になり出すと、他のことが手につかなくなってしまうのだ。

 現に今も、フリージアを撫でる手が完全に止まってしまっている。


「だんちょー、撫でるんなら責任もって最後までナデナデして欲しいっスー」

「はいはい、分かった分かった」


 レリアは促されるままにフリージアの頭を撫でる。だがその様子は、どこか上の空であった。

 そんなレリアを見かねてか、オルレアが問いかける。


「やっぱり、気になりますか?」

「……気になるなぁ」


 レリアとオルレアは、十年来の長い付き合いである。レリアはオルレアのことをよく知っているし、その逆もまた然り。当然、レリアの『悪癖』はオルレアも知っている。

 仕方ないと言わんばかりに、オルレアは重い腰を上げた。


「気になるなら、しょうがありませんね」

「えー、お出かけっスか? 最近寒いしあんま外出たくないっス~」


 渋々ながら、フリージアもレリアから離れて支度を始める。何だかんだ言いながら、2人ともレリアには忠実な部下なのだ。

 言い出したレリアはというと、いつの間にか準備は済ませていた。


「じゃあ、行こっか」

「はい!」

「了解っス~」


 他の騎士達が仕事をこなす中、3人は堂々と職場を抜け出した。隊長が職務放棄するのはローゼライ区担当隊では日常茶飯事なので、もはや誰も突っ込まないのだった。

 その行先は勿論、第七騎士団の団長ファウルハイトの屋敷である。



 で、ファウルハイトの屋敷に来るまでは良かったのだが。


「同じ帝国騎士と言えど、捜査に関係ない者を入れる訳にはいきませんね」

「捜査に参加したいのであれば、直接ファウルハイト様に聞いてみてくれよ。ま、お前みたいな冴えないやつは許可なんて貰えなそうだけどな!」


 出入り口のところで、2人の騎士に阻まれてしまったのだ。部外者は立ち入り禁止、至極当然のことであった。

 だが、レリア達とてそれだけで引き下がるほど大人しくはない。というかそんな良識がある人物であれば、興味が湧いたからって管轄外の事件に首を突っ込まないだろう。


「ぶれいもの~。この紋所が目に入らないっスか!」

「も、もんどころ……?」


 なぜかフリージアがそう高らかに宣言し、レリアは困惑しながらも懐から小さな紀章を取り出した。

 真っ赤な鷲を模ったそれは、真ん中に剣の模様があしらわれている。端に並んだ4つの星は、持ち主の階級を表していた。


「4つ星……一等騎士の方ですか!? む、むむむ……!」

「……あ、その、いや、冴えないと言ったのはこう、誤解と言いますか、そのぅ……」


 効果は抜群である。先程まで威勢よく3人を遮っていた騎士2人は萎縮し切っており、勝手に入っても文句は言えなそうだった。


「ふん、隊長を邪魔したこと、覚悟しておきなさい」

「っぱ権力っスね~、権力、権力は全てを解決するっスぅ~!」


 だが、そんな騎士2人も危ない方向になっているレリアのお供を見て正気に戻ったらしい。


「で、ですが貴方が捜査に関係ないことは変わりません。やはり入れるわけにはいきませんね」

「お、おう。いくらなんでもそれは……いや、やっぱ入れた方がいっかなあ……」


 茶髪のちゃらそうな方はともかくとして、もう片方の真面目そうな騎士から許可を得ることは無理そうだった。

 折角ここまで来たというのに、3人は屋敷に入る事すら出来ない。無駄足も良いところである。


「……分かった。2人とも、ここは一旦引こう」

「えー、しょうがないっスね~」

「近くに公園がありますから、そこで一旦休憩しましょう」


 レリアがそう言うと他2人もそれに追随してどこかに行ってしまった。嵐のような3人が去っていった後、真面目そうな騎士は呟いた。


「『一旦』引くって……また来る気ですか、あの人達……」


 違う部署の上司が首を突っ込みに来たのである。彼らには頭の痛い問題だった。

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