Lv52VS俺(Lv.5)
「セレナ、明日お前の家庭教師をつけることにした」
喜ぶセレナとは対照的に俺は一抹の不安を覚えた。
公爵が連れてきた魔導師は、元王宮魔導師団の「ジーク・バルド」
「彼は偉い魔法使いなんだよ?」
幼いセレナに噛み砕いて説明するセレナの父親…グレン公爵は、顔の表情筋を緩める。
「こんにちは…」
ジークが片眼鏡(モノクル)を光らせてセレナを見据える。その視線はセレナを通り越し、足元の俺(影)の深淵を覗き込もうとしている。
「では、僭越ながら鑑定します。……『真理の片眼鏡(モノクル)』、起動」
(……おいおい、いきなりラスボス級の鑑定持ちを連れてくるなよ、親バカ公爵!)
ジークが呪文を唱えると、彼の青い瞳が魔法陣のように回転し始める。鑑定持ちが来るのは予想していたので、作戦通りに動く。
(……来たな! スキャンされてたまるかよ!)
【鑑定(アナライズ)】発動:俺MP 10消費→ジークのステータスを確認する。
ジーク・バルド(45歳)
レベル:52
称号: 心理を穿つ青い瞳 / フォルテス家お抱え魔導師
HP: ※これ以上のスキル鑑定はレベルの格差があり、できません。
MP: ※これ以上のスキル鑑定はレベルの格差があり、できません。
スキル:
【深淵鑑定(アビス・アナライズ)】
※これ以上のスキル鑑定はレベルの格差があり、できません。
備考: 非常に疑り深く、理論に基づかない「違和感」を無視しない性格。
俺(Lv.52だと!? こっちのLv.5じゃ一瞬で丸裸にされるぞ……!)
急いで俺は、自分のステータスに【偽装】と【隠密】を重ねがけする。
【偽装】+【隠密】発動:毎分MP 35消費
「…公爵、セレナ様の魔力回路は極めて清浄。セレナ様はMPが高く、魔法に恵まれたようですな。ですが、足元の影に……妙な厚みを感じますな。おい、もっと光を持ってこい。影を『鑑定』する」
とんでもないことをジークが言い出した。執事がランプを近づけ、セレナの影が色濃く、くっきりと床に映し出される。ジークの視線が、影の中に潜む俺と目が合う。
(……心臓に悪すぎるぜ。お嬢様、頼むから今は動かないでくれよ……!)
「あ、おじちゃん、鳥のフン」
ジークは頭の上に落とされた鳥のフンをハンカチで払い落とす。
ジークがチッと舌打ちし、ハンカチを取り出した瞬間。 彼の【深淵鑑定】のピントが、ほんの数ミリ、俺の「核心」からズレた。
(今だ! このままじゃ『精霊』なのがバレる……情報を書き換えろ!)
【偽装(フェイク)】の出力を最大にする。 ジークに見せるべき「偽りの正体」——。
【偽装:上書き完了】 ジークのモノクルに映る俺のステータス: 『状態:アリスの呪いの残滓。時間経過で消滅』
「……ふぅ。失礼した。……む、影の『厚み』の正体はこれか」
ジークがふっと安堵したように笑う。
「ほう、セレナの体に害はないのか?」
見学していたセレナの父が言う。
ジークは「ええ」と答え、拭き終わったモノクルを再び光らせ、俺をジロリと睨む。
「……『ゴミ』にしては、意思があるように感じるがな」
(……このおっさん、勘が鋭すぎるだろ! 早くどっか行ってくれ!)
「ふふっ、これから宜しくね」
ジークの影も一筋縄ではいかなさそうだった。
ジークがおいとまをし、ジークの評価を娘に尋ねていたグレンが部屋を出ていった。 その瞬間、俺は全身(といっても影だが)の力が抜けるのを感じた。
「……はぁ、死ぬかと思った……」
【偽装】と【隠密】の二重発動、さらに【魔力還流】の微調整。 短時間に詰め込みすぎた代償は大きかった。
現在の残りMP:12 / 2,400
視界(影の感覚)がチカチカと点滅する。レベル5の俺にとって、レベル52の目を欺くのは、まさに全力を超えた博打だった。
「ふふ、おじちゃん面白かったわね。ねえ、影さん?」
セレナが足元に話しかけてくる。最近、彼女は確信を持って俺に話しかけることが増えた。同調率12%。まだ声は届かないはずだが、彼女の直感か、あるいは俺が必死に彼女を守った際の「熱」が伝わったのか。
「……あ、れ……急に、眠く……」
セレナがベッドに倒れ込む。俺がMPを無理やりかき混ぜ、彼女の魔力を肩代わりしたせいで、彼女自身も「魔力酔い」のような状態になっているのだ。
深夜。屋敷が静まり返り、月明かりだけが部屋に差し込む。 俺の意識は消えかかっていた。MP「12」では、影の形を維持するのさえ危うい。
(…悪いな、セレナ。今日は多めに……「集金」させてもらうぜ…)
【魔力還流(MPドレイン・シェア)】発動。
ドロリ、とセレナの背中から影の触手が伸び、彼女の体に優しく触れる。 彼女の中に眠る、清浄で温かな魔力が、渇ききった俺の器に流れ込んでくる。
俺のMP:12→500→1,200……回復中
(……ああ、生き返る……)
冷たい水が喉を潤すような感覚。 その時、眠っているはずのセレナの手が、ぴくりと動いた。 彼女の手が、抱き寄せていたぬいぐるみに力を込めた。
「……ありがと……かげさん……」
俺の心臓(そんなものはないはずだが)が、ドクンと跳ねた。
(……聞こえてたのか? それとも、俺が必死にジークを騙してたの、バレて……?)
焦って魔力を吸う手を止めようとしたが、セレナは幸せそうに微笑んで、猫のように丸まった。
【同調率が上昇しました:12% ➡ 15%】 【スキル:魔力還流の変換効率が向上しました】
(…おめでてーな、お嬢様。俺はただの、呪いの残滓…『ゴミ』なんだぜ?)
自嘲気味に呟きながら、俺は彼女を冷やさないように、影の厚みを増してベッドの隙間を埋めた。 明日からは、あの「勘の鋭いおっさん」との修行が始まる。
もっと強くならなきゃな。 セレナが外の世界で、この笑顔のまま冒険に出られるように。
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