恋する鼓動は課金制 ~貧乏学生のあたしが、生徒会長に「好き」バレして借金地獄(ラブ・ローン)!?~

ころね

第1話 そのトキメキ、1秒につき75円(税込)


「残り、105ポイント……」


 あたし、宇佐美陽菜(うさみ ひな)は、手首に巻かれたステューデントウォッチ『SW』の液晶画面を睨みつけながら、廊下の隅でガクガクと震えていた。


 105ポイント。日本円にして、105円。


 この学園では、すべての経済活動に『PS(パルスシステム)ポイント』が使われる。学食も、教科書の購入も、シャワーのお湯でさえも。


 そして何より恐ろしいのは――このポイントが、「感情」によって変動するということだ。


「なんで……なんで今日のランチ、調子に乗って『黒毛和牛のプレミアムハンバーグ定食(1680pt)』なんて食べちゃったんだろう……!」


 馬鹿だ。あたしは大馬鹿だ。肉汁と共に、あたしの学園生活(ライフ)もジュワ~っと溶けて消えてしまった。


 ポイント残高がゼロになった瞬間、待っているのは……地下矯正施設――通称『独房(The Cell)』行きである。

 あそこに行けば、朝6時から夜21時まで、偏差値を上げるためだけの勉強マシーンに改造されると聞く。


「嫌だ……あたし、まだピチピチの高校1年生だよ!? 青春したいじゃん! 恋とかしたいじゃん!?」


 頭を抱えてしゃがみこんだ、その時だった。


『――きゃあああああ! れ、麗奈さまよっ!』


『逃げなきゃ!道を開けて! 万が一接触したら破産のピンチよ!』


 廊下の向こうから、モーゼの海割れのように生徒たちが左右に分かれていく。

 その中心を、コツ、コツ、と優雅な足音を響かせて歩いてくる人影があった。

 腰まで届く艶やかな黒髪。陶磁器のように白い肌。


 制服の着こなしひとつとっても、他の生徒とは格が違う。

 全校生徒の頂点に立つ絶対権力者。生徒会長、天川(あまかわ)麗奈(れいな)先輩だ。


(わっ、生徒会長……! 逃げなきゃ!)


 今のあたしは、風が吹けば飛ぶような極貧学生。

 対して彼女は、国家予算並みのポイントを有する超富裕層。その保有ポイントは絶賛カンスト中という噂もある。


 もし万が一、彼女とぶつかって「不敬罪」だの「慰謝料」だのを請求されたら、あたしは即座に独房送りになってしまう。


 あたしは気配を殺し、柱の影に隠れてやり過ごそうとした。

 息を潜める。心拍数を下げる。あたしは石ころ。あたしはただの背景でありモブ……。と、その時。


「――そこで何をしているの? 宇佐美陽菜さん」


 心臓が、大きく跳ねた。

 恐る恐る顔を上げると、目の前には、氷のような冷たさと、目が眩むような美しさを湛えた生徒会長が、眼の前に立っていたのだ。


 切れ長の猫目が、あたしをまっすぐに射抜いている。


「あ、あはは……会長、こ、こんにちは……」


「顔色が悪いわね。……また、無駄遣いでもしたの?」


 なんでバレてるんですか!?またって、どういうこと!?

 会長は、無表情のままあたしとの距離を詰めてくる。


 一歩、また一歩。


 物理的な距離が縮まるにつれ、あたしのSWが『ピピッ』と小さな警告音を鳴らし始めた。


『ALERT: Proximity Warning. Target: Reina Amakawa』


 まずい。近い。

 この学園のPULSEシステムは、他者への「好意」や「性的興奮」を検知した途端に容赦なく課金する。


 こんな、生徒会長のような超絶美人が至近距離に来たら、生理現象としてドキドキしてしまうのは不可抗力!


「ち、近いです会長! あたし今、金欠で……!」


「逃げるの?」


 ドンッ。

 背中が壁に当たった。

 いわゆる「壁ドン」である。


 逃げ場を失ったあたしの目の前に、麗奈先輩の整った顔がある。まつ毛が長い。いい匂いがする。

 ドクン、とあたしの心臓が更に大きく鳴った。


『PULSE DETECTED: Rank B(Throb)』

『Billing Start: 10 LP/sec』


 SWが無慈悲な音を立てて、あたしの残高をゴリゴリ削り始めた。

 1秒につき10ポイント。つまり、あたしの全財産はあと10秒で尽きる。


「ひゃああっ!? や、やめてください会長! あたし破産しちゃいます!」


「……ふうん。私を見てドキドキしているのね?」


 会長は、あたしの困惑を楽しむように、さらに顔を近づけてきた。

 その瞳の奥に、サディスティックな光が揺らめいている。


「じ、冗談じゃないですよぉ! 離れて、お願いだから!」


「嫌よ」


「えっ」


「貴女が逃げるからいけないの。……もっと、よく見なさい」


 会長の手が、あたしの頬に触れた。


 ひんやりとした指先。

 でも、触れられた場所から火傷しそうなほどの熱が広がる。


『PULSE RANK UP: Rank A(Desire)』

『Heart Rate Boost: x 1.5』

『Current Rate: 75 LP/sec』


 レートが跳ね上がった!

 1秒につき75ポイント!? 暴利だ! 悪徳商法だ!


「あ、あ、あああ……っ!」


 あたしのSWが、ショッキングピンク色に激しく点滅し始めた。

 これは「好意」が溢れ出ているサイン。俗に言う「好きバレ」アラートだ。


 廊下の遠巻きに見ている生徒たちが、ざわめき始める。


『見て、あの1年。会長のことが好きすぎてSWが発光しているわ!』

『うわー、すごい勢いで課金されてる』

『ちょろすぎでしょ、あの子』


 違う! これは不可抗力! システムのエラーだと言って!


 でも、会長の顔が近すぎて、思考がまとまらない。

 美しい。怖い。でも、綺麗。


「宇佐美さん」


 会長が、あたしの耳元で甘く囁いた。

 その吐息が耳にかかった瞬間、あたしの心拍数は限界突破(バースト)した。


『CRITICAL HIT. Point Zero.』


 ブブーッ! ブブーッ!

 不快なブザー音が廊下に鳴り響く。


『警告。対象生徒、宇佐美陽菜。PSポイント残高ゼロを確認。これより強制執行プロセスへ移行します』


「う、嘘……」


 終わった。あたしの青春。

 膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。


 廊下のスピーカーから「独房への連行」を告げる無機質なアナウンスが流れ、生活指導のドローンがウィーンと飛んできた。


「いやだぁ……あたし、朝から晩まで勉強なんてしたくないぃ……できなぃ……」


 涙目でうずくまるあたしの視界に、黒い革靴がスッと入ってきた。


「――待ちなさい」

 

会長の凜とした声が、ドローンの動きを止める。

 彼女は自身のSWを操作し、涼しい顔してあたしのSWにかざした。


『Payment Accepted. Transfer: 10,000,000 LP』


 ……はい?

 いち、じゅう、ひゃく、せん……一千万!?


 ピロリン♪ と軽快な音がして、あたしのSWの残高が、見たこともない桁数になった。

 固唾をのんでこの状況を見守っていた周囲の生徒たちが「ええええええ!?」と絶叫する。


「か、会長……? これ……」


「立て替えておいたわ。利子はあなたのこれからの行い次第で増減するものとします」


 会長は、腰を抜かしているあたしの腕を掴み、強引に立たせた。

 そして、逃げられないようにあたしの腰を抱き寄せると、全校生徒が見ている前で、妖艶に微笑んだ。


「これで貴女は、独房には行かなくて済む。感謝してちょうだいね?」


「あ、ありがとうございます……! でも、こんな大金、一生かかっても返せませんよ!?」


「ええ、そうね。普通に働いていては返せないわ」


 会長はあたしの顎を指ですくい上げ、逃げ場のない瞳で見つめてきた。


「だから――体で払いなさい」


「……へ?」


「私の『精神安定剤』になりなさい、宇佐美陽菜。今日から貴女の心臓の鼓動も、体温も、すべて私の所有物よ」


 SWが再びピンク色に発光する。

 でも今度は、それがあたしの意志なのか、それとも恐怖なのか、自分でもわからなかった。


 ただ一つ確かなことは。

 あたしは今日、学園の絶対女王に「お買い上げ」されてしまったということだ。


「さあ、行くわよ。まずは生徒会室で……たっぷり『補充』させてもらうから」


 抵抗する間もなく、あたしはズルズルと会長に引きずられていく。

 あたしの鼓動は、もう彼女への借金(ラブ・ローン)の返済のためにしか、鳴ることを許されないらしい。


(あたしの高校生活、これからどうなっちゃうのーーっ!?)


 あたしの絶叫(心の声)は、無情にもチャイムの音にかき消されたのだった。

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