FPS廃人、異世界で最強のダルマになる

@akatsuki-kakeru

第1話

■ エピソードタイトル

第1話 起動(スポーン)


■ 本文

「――決まったぁぁぁーーっ!! ワールド・グランド・チャンピオンシップ、優勝は日本代表チーム『スカーレット・バレット』ォォォ!!」


 地鳴りのような歓声が、防音仕様のヘッドセット越しですら鼓膜を震わせた。  視界を埋め尽くすのは、巨大スクリーンに映し出された「VICTORY」の文字と、ステージに降り注ぐ金銀の紙吹雪。


 俺は――俺たちは、世界一になったのだ。


 隣の席では、チームメイトたちがヘッドセットをかなぐり捨て、泣きながら抱き合っている。  だが、俺にはもう、指一本動かす気力も残っていなかった。


「……終わっ、た……」


 乾いた唇から、熱のない言葉が漏れる。  ゆっくりとヘッドセットを外すと、現実の音が洪水のように押し寄せてきた。


 この大会期間中の三日間、まともに寝ていない。  カフェイン剤とエナジードリンクで無理やり脳を覚醒させ、神経を極限まで研ぎ澄ませてAIM(エイム)を合わせ続けた代償が、今になって一気に体にのしかかってくる。


(さすがに……限界、か……)


 歓喜の輪に加わることもできず、俺は逃げるようにステージ裏の控室へと向かった。


 静まり返った控室のソファに、泥のように倒れ込む。  天井の蛍光灯が、ひどく眩しい。視界が急速に狭まっていく。  これは、気絶するな。経験上わかる。


(まあいい……これでやっと、ぐっすり眠れ――)


 意識がブラックアウトする寸前。  俺の耳に、奇妙な機械音声が届いた気がした。


『……ピピッ。システム起動。接続者(コネクター)からの緊急アクセスを確認』 『個体名特定……。適合者「ポンタ」の魂をインストールします』


(は……? インストール……? なんのゲームだ……?)


 問いかける間もなく、俺の意識は深い闇へと落ちていった。


 ***


(……ん……?)


 次に意識が浮上したとき、最初に感じたのは「匂い」だった。  湿った土と、青臭い草の匂い。


(病院の……匂いじゃないな……)


 ゆっくりと目を開ける。  視界に飛び込んできたのは、無機質な天井ではなく、鬱蒼と茂る木々の緑と、隙間から差し込む月明かりだった。


「……どこだ、ここ」


 声に出そうとして、違和感に気づく。  うまく声が出ない。それに、視線がやけに低い。  体を起こそうと腕に力を込めるが、感覚がない。足も同様だ。


「あ、あれ? 金縛りか? まったく動かねぇ……」


 焦燥感に駆られ、俺はなんとか首だけを動かして、自分の体の状況を確認しようと視線を下ろした。


 そこにあったのは、見慣れた俺のジャージでも、ゲーミングチェアでもなかった。


 コロン。


 森の切り株の上に、ちょこんと乗っかっている、丸くて赤い物体。  俺は、それを知っている。  日本の伝統的な縁起物であり、奇しくも俺のハンドルネームの由来でもあるソレ。


「…………は?」


 俺の視界にあるのは、間違いなく「自分自身の体」のはずだ。  なのに、なぜ俺には手足がなく、こんなに丸い?


 俺は、恐る恐る、自分の姿を再確認した。



「なんで俺、ダルマになってんだよォォォッ!?」


 深夜の森に、俺の絶叫が虚しく響き渡った。  これが、俺の異世界での最初のスポーン(出現)だった。

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