14.ま、私、大人ですから

翌朝。

朝食をとりに食堂に行くと、ファインさんとデインも共にテーブルについていた。


デインは昨日と同じくあまり覇気のない様子だった。

彼は終始口を開かず大人しくしている。たまに視線を感じるが、私がデインの方を向くとスッと視線を外された。


「カノンちゃんは歌劇はお好き?」

「かげきって何ですか?」

「歌の演劇みたいなものかしら。お祭りなんかで見たことない?」

「見たことないです。田舎だったので」

「まぁ。今度ね、有名な歌劇団が近くに来て公演をするらしいの。伯母さんと一緒に見に行かない?」


ファインさんは私に興味があるのかずっと話しかけてくる。よく喋る人のようだ。おかげで食事が全く進まない……。ずっと喋っているのに伯母の皿は順調に量を減らしている。おかしい……いつ食べているんだろう……?


「カノンが観たいのなら行ってくるといい」

「レディは感性も磨かなければいけないわよ、カノンちゃん」


父様の許可がおりるのであれは私としては断る理由は無い。それに歌劇だなんていかにもお貴族様の道楽っポイじゃないか。興味がある。


「じゃあ、行ってみたいです」

「まぁ良かった!」


ファインさんはニコニコしながら話を詰めて、結局来月くらいに一緒に歌劇を見に行くことになった。王都で話題の作家が監修している新作で、とても泣けると評判なのだということだ。

今まではあんまり物語に興味はなく小説なんかもあまり読んでこなかったが楽しめるだろうか……。ちょっと心配になりながら遅れている朝食を食べ切ろうと頑張って手を動かす。


「にしてもカノンちゃん可愛らしいわねぇ」

「そうだろう。もう目に入れても痛くないくらいなんだ」

「その服も似合っているわ」

「天使と言っても過言ではないだろう?」

「ちょっとレイン?私はカノンちゃんと話したいの」


父様は私に甘すぎるのではないだろうか。天使だのなんだの言われてちょっと恥ずかしい気持ちだ……。


「いいわねぇ。私も娘が欲しいわ」


ファインさんには息子が二人しかいないらしい。


「姉さん。今日はゆっくり話せそうだ。食後に約束通り打ち合わせの時間を取ってくれ」

「分かっているわ。そのために来たのだもの」


父様とファインさんはこの後執務室で何かの打ち合わせをするらしい。ファインさんは午後からは一緒にお茶をしましょうねと約束してくれた。


「……デインも時間まではゆっくりしていなさい。カノンと仲良くしておくれ」

「!……はいっ!叔父上!」


父様に話しかけられるとデインの表情はパッと明るくなった。もしかしたら昨日叱られたというのが応えていたのかもしれない。いかにもお坊ちゃまの彼は怒られた経験すら少なそうだ。偏見だけど。


「カノンもだよ?喧嘩はダメだ」

「分かったわ父様」




朝食を終え、父様とファインさんは退室して行った。


私とデインは二人とも席につき動かない。


「……」

「……」

「お二人とも。ボードゲームなどで遊びませんか?」


アズールが気をつかって話しかけてくれる。が、目の合わない私たちはほぼ向かい合って座っているのにそれぞれそっぽを向いていた。

あぁ……アズールが笑顔で固まってしまっている……。間に挟まれている状況のアズールが一番辛いだろう……。

食堂は重苦しい空気が流れている。

ここは私が大人になってあげないと……。


「……私は父様から出された課題をするわ」


立ち上がるとデインに声をかけた。


「ついてくるなら、ついてくれば?」

「……ふんっ」


アズールとついてきたデインと、三人で裏庭に出る。

デインから声がかかることも無いので私はいつものように魔法の練習をはじめた。


「それはどういう課題なんだ?」


しばらく一人で魔法の練習をしているとデインが声をかけてきた。

話しかけられたのならばと私も口を開く。


「全ての属性の基礎魔法を一度に発動させるの」

「魔術でなく、魔法で?」

「そう!」


デインもまず試しに魔術でやってみるようだ。うんうんそうだよね。基礎魔法レベルだと魔法より魔術の方が明らかに簡単だから。デインは、はじめは全ての属性の基礎魔術を起動するのに苦戦していたが、そんなに時間も経たないうちに出来るようになっていた。要領は良いみたいだ。

切り替えて魔法で試し始めた彼はすぐに私と同じ問題に直面した様子だ。


「……難しいな」

「でしょう?」

「魔力を込める量を優位属性基準で変えてはどうだ?炎属性は水属性よりも魔力を注ぐとか」

「でもそれじゃあ起動しない属性が出てくるの」

「ほんとうだ」


あーでもないこーでもないと二人で色々と議論する。


「発動場所の順番から見直すべきだな」

「こうだと思うんだけどなぁ」

「これは炎属性周りの相性わるくないか?」

「じゃあデインならどうする?」

「こうする……あれ?」

「ほら、これだと地属性が邪魔でしょ?」


デインは言うだけあってなかなかに魔法センスが良いようだ。こうやって話し合うのはなんだか楽しい。二人で色んな案を出して、失敗を繰り返す。



「魔法がお互い干渉しないように球形制御してみるか」

「それ、面白そうね」


その案はとても有効なアイディアだったようだ。

十属性それぞれを球体状に魔力で制御し、周囲に展開する。

今まで一度に発動することが出来なかったのに、音を立てて全ての属性の基礎魔法は発動した。


「出来た!」

「やったな!」


パンと二人で手を合わせて喜ぶ。

はたと気がつくと、いつの間にか、デインと普通に話せていることに驚いた。

なんだ、思ったより良い奴じゃないかと第一印象を塗り替えるくらいにはデインと話すのは楽しかった。


デインは、手を合わせるのが気まずかったのかさっと手を引っ込めてしまった。なんだかぎこちない空気が流れてしまった……。どうしようか、大人の私が気の利いた言葉をかけねばと考えていると、デインが口を開いた。


「昨日は、本当に悪かった。カッとなって酷い事をしてしまって……ごめん」


それは昨日聞いたものよりずっと心の籠った謝罪だった。しゅんとうなだれるデイン。もしかしたら彼も自分と同じように議論が楽しかったのかもしれないと思えた。楽しければ、私たちは普通に友達になれるかもしれない。


「もう怒ってないわ。課題を手伝ってくれてありがとう」


デインは私を見て目を見開く。

何かしたかと首を傾げれば、「な、なかなかやるじゃないかお前も」とちょっと上から目線で言われた。でも悪意は感じなかった。だから私はデインはもともとちょっとムカつく喋り方なのかもしれないと思うことにするのだった。

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