異狩りのシキテ

管野脩平

序・異邦の草花に覆われた地で

異邦の草花に覆われた地で

 鬱蒼うっそうとした薄暗い樹海があった。


 色で表現するのならば、緑よりも黒と表現する方が正確だろう。葉も茎も、幹や根や花や種子でさえも、深緑を遥かに通り越し漆黒の闇夜の如く染め上げられ、傍目にも異常な様相を呈している。


 背の高い漆黒の木々はその枝葉を縦横無尽に広げ、大地から見上げる矮小な生物群に対し、太陽の光という僅かばかりの自然の恵みすら与えてはくれなかった。


 しかし、陽光を遮られているにも拘わらず、大地に根付いた漆黒の木々や草花自身は己以外の様々な動植物を絡め取るかのように煩雑に生い茂っている。長きに渡って培われた人類の常識に当て嵌めれば、どこからそんな栄養素を得ているのか理解に苦しむ以外の結論は見出せない。


 とどのつまり、それらの木々や草花は、人智を超えた異邦の存在であったのだ。


 陽光をろくに必要とせず、少ない栄養素でも繁殖が容易いのであれば、放っておけば無尽蔵に増え続けるだけだ。喰えるのならば――否、せめて、何らかの素材として使えるのであれば、その繁殖力が人類の繁栄に大いに役立ったであろうことは疑いようがない。


 実際には喰うどころか、素材として使うことすらままならない。肌に触れるだけでその身を灼きかねぬほどの毒がある。切り裂けば毒液を撒き散らし、焼き払えば毒の煙が立ち昇る。対策を講じたところで、その毒性は瞬く間に変化して、更に激しく牙を剥く。この樹海に生息する漆黒の木々や草花は、多かれ少なかれ人類に対して影響を及ぼす様々な毒を宿していた。


 やがて、多くの人類は安息の地を奪われ、それに取って代わるかのように徐々に樹海に適応した異形の獣までもが蔓延はびこるようになっていった。


 人類を排除するためだけに生まれたかのような、異邦の木々や草花に覆われ、異形の獣が跋扈する呪われた漆黒の樹海。異様な生態系をもつ樹海を、人類は恐れた。恐れて恐れて恐れ続けて、様々な対策を講じるも、さしたる効果は見出せぬまま、既に数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの月日が過ぎ去っていた。


 人類の生存領域は、徐々に狭まっていき、もはや風前の灯火であるかのように思われた。


 それでも、人類は樹海を切り拓くことを諦めなかった。恐れているからこそ、恐れを排除するべく行動するからこそ、人類はこの地上を我が物顔で闊歩し続けることが出来たのだ。夜を恐れて火を得たように。飢えを恐れて狩りをし畑を耕したように。


 漆黒の樹海で繁殖する植物を活用出来ないのなら、それをものともせずに環境に適応した異形の獣を素材として使えばいい。


 人類は数多の犠牲の上に異形の獣を狩り、その革を、骨を、血肉を、漆黒の樹海へと挑む足がかりとした。研究と実践と失敗と成功を繰り返し、人類は徐々に漆黒の樹海への対抗策を手に入れつつあった。膨大な研究資料や実験素材を求めるあまり、異形の獣を狩ることを生業とする命知らずの危険な職業――『異狩り』が生まれた。

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