追放された荷物持ち、【修復】スキルで古代兵器を完全復活。機工女神と空中要塞で無双する
kuni
第1話
「レン。お前、今日でクビな」
その言葉は、あまりにも唐突だった。
Sランクパーティー『金色の牙』。
国内で五本の指に入ると言われる最強の冒険者集団。
そのリーダーであり、剣聖の称号を持つガイルが、焚き火の明かりに照らされた顔を歪めてそう告げた。
俺たちが今いるのは、王都から遠く離れた未開拓領域。
古代の遺物が眠るとされる超危険地帯、通称【機械墓場(マシン・グレイブ)】の入り口付近だ。
明日からは、いよいよこのダンジョンの深層へ挑もうという重要な夜だった。
「……え? クビ……ですか? ガイルさん、冗談ですよね?」
俺は手に持っていたスープの入った木皿を取り落としそうになりながら、乾いた笑みを浮かべる。
けれど、ガイルの目は笑っていなかった。
底冷えするような、汚いモノを見る目だ。
「冗談? 俺がそんな無駄なことを言うと思うか? 効率が悪すぎるだろ」
ガイルは鼻を鳴らし、腰のベルトから革袋を取り出して俺の足元に放り投げた。
「手切れ金だ。銀貨5枚。ま、お前の価値にしちゃ奮発したほうだぜ?」
「ちょっと待ってください! どうしてですか!? 俺、なにかミスをしましたか!? 荷物運びだって、食事の用意だって、完璧にこなしていたはずです!」
俺は必死に食い下がった。
このパーティーに拾われて3年。
荷物持ち(ポーター)として、雑用係として、誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝て尽くしてきた。
戦闘の才能がない俺にとって、ここは唯一の居場所だったのだ。
「あー、うっさいなぁ。そういうところがウザいってのよ」
不快そうに口を挟んできたのは、焚き火の向こうで杖を磨いていた魔導師のミナだ。
炎に照らされた彼女の美貌は、今は意地悪く歪んでいる。
「あんたさぁ、自分のスキル、言ってみな?」
「……【修復】、です」
「そう、それ! あーもう、思い出すだけでイライラする! MP使って壊れた鍋の穴を塞いだり、欠けたナイフを直したり……。そんなの、街の鍛冶屋に頼めばいいじゃない? ポーション代の無駄なのよ!」
ミナがヒステリックに叫ぶ。
「で、でも! ダンジョンの中で武具が破損したらどうするんですか! 俺がいれば、応急処置が……」
「だからぁ、それが『いらない』って言ってんの。ほら、これを見ろ」
ガイルが得意げに掲げたのは、豪奢な刺繍が施された小さな鞄だった。
「奮発して買ったんだよ。国宝級の『四次元マジックバッグ』だ。容量は無限、時間停止機能付きだぜ?」
「……あ」
俺は言葉を失った。
荷物持ちの最大の存在意義である、物資の運搬。
それが、そのアイテム一つで解決してしまったのだ。
「分かったか? このバッグがあれば、お前のような足手まといを連れて歩く必要がない。経験値の分配も減るし、食料も減る。お前を追放するのは、パーティーにとって『最適解』なんだよ」
ガイルがニヤリと笑う。
違う。
そうじゃない。
俺の【修復】は、ただ直すだけじゃない。
毎日、彼らが寝静まった後に、ボロボロになった剣や鎧をメンテナンスしていたのは俺だ。
微細なヒビを見つけ、魔力を流し込んで新品同様の切れ味に戻していた。
だからこそ、ガイルの剣は一度も折れず、ミナの杖は魔力暴走を起こさなかったんだ。
「俺がいなくなったら、その剣のメンテナンスは誰が……」
「はぁ? 何言ってんだお前」
ガイルが呆れたようにため息をつく。
「俺様の剣は『オリハルコン製』だぞ? 手入れなんか不要で、ずっと切れ味が落ちない伝説の剣だ。お前がチマチマ布で拭いてたことなんて、なんの意味もねぇんだよ」
「そ、そうよ! 私のローブだって、自動防汚の魔法がかかってるんだから! あんたの【修復】なんてゴミスキル、最初から必要なかったのよ!」
二人の言葉が、鋭い刃物となって俺の胸を抉る。
3年間。
来る日も来る日も、指先から血が出るまで魔力を絞り出して、彼らの命を守るために装備を維持し続けてきた。
「切れ味が落ちない」んじゃない。俺が戻していたんだ。
「汚れない」んじゃない。俺が浄化していたんだ。
その全てを、彼らは『自分たちの実力』あるいは『装備の性能』だと信じ込んでいる。
「……そうですか。分かりました」
俺は拳を握りしめ、俯いた。
これ以上言っても無駄だ。
彼らはもう、俺を仲間だなんて思っていない。最初から、便利な道具としか見ていなかったんだ。
「分かったらさっさと失せろ。……と言いたいところだが」
ガイルが立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
ゾクリ、と殺気が肌を刺す。
「ここは【機械墓場】の入り口だ。お前みたいな雑魚が一人で帰れる道のりじゃねぇよなぁ?」
「……まさか、ここで殺す気ですか」
「人聞きが悪いな。俺たちはSランクだぞ? 元仲間を殺したなんて噂が立ったら面倒だ」
ガイルは下卑た笑みを浮かべ、俺の胸ぐらを掴んだ。
「ちょうどいい場所に『廃棄場』があるんだよ」
「え……?」
ガイルの腕力が、俺の体を軽々と持ち上げる。
彼の視線の先にあるのは、断崖絶壁。
その下には、濃い霧に包まれたダンジョンの深層――廃棄された古代兵器が山のように積まれた谷底が広がっていた。
「ここから落ちれば、死体が見つかることもない。運良く生きてても、魔物の餌だ。……じゃあな、ゴミスキル持ちのレン。今までご苦労さん!」
「や、やめろおおおおおおっ!?」
俺の体は宙に投げ出された。
「あはははは! いい気味! せいぜいスクラップとお似合いよ!」
遠ざかるミナの高笑い。
重力が俺を捕らえ、視界が急速に暗闇へと沈んでいく。
(ふざけるな……ふざけるなッ!)
走馬灯のように駆け巡る、彼らに尽くした日々。
罵倒されながらも、いつか認めてもらえると信じて耐えた日々。
その全てが、冷たい風と共に切り裂かれていく。
ドンッ!!
激しい衝撃と共に、俺の意識は闇に落ちた。
◇ ◇ ◇
「……っ、う……ぅ……」
全身に走る激痛で目が覚めた。
目を開けると、そこは薄暗い鉄の森だった。
空は見えない。
折り重なった巨大な鉄骨や、錆びついた歯車が頭上を覆っている。
「はは……生きてる、のか……?」
奇跡的に、瓦礫の山がクッションになったらしい。
だが、状況は最悪だった。
『ギギ……ガガガ……』
周囲から聞こえてくる、不快な駆動音。
赤い光を明滅させた、犬型の警備ロボットたちが徘徊しているのが見える。
ここは【機械墓場】の最深部。
人間が生きて帰れる場所ではない。
装備もない。食料もない。
あるのは、なけなしのMPと、彼らに「ゴミ」と罵られた【修復】スキルだけ。
「クソッ……!」
俺は痛む体を引きずり、物陰に身を隠した。
見つかれば終わる。
錆びた鉄の臭いが鼻をつく。
絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。
俺の人生、なんだったんだろうな。
ただ利用されて、捨てられて、こんなガラクタの山で野垂れ死ぬのか。
「……ん?」
ふと、瓦礫の隙間に『異質なもの』が見えた。
周囲の赤錆びた鉄屑とは違う。
そこだけ、時間が止まったかのような輝きがあった。
俺は吸い寄せられるように、這いずってそれに近づいた。
「これ……は……」
息を呑む。
そこに埋もれていたのは、人形(ドール)だった。
いや、精巧に作られた少女型の機械(アンドロイド)だ。
瓦礫に半身を埋め、眠るように瞳を閉じている。
月光のような銀髪は汚れ一つなく、陶器のように白い肌は、作り物とは思えないほど柔らかそうだ。
その姿は、この殺風景な廃棄場にはあまりに不釣り合いで、神々しさすら感じさせた。
だが――。
彼女の胸部には、大きな風穴が空いていた。
内部の複雑な回路が断裂し、動力炉と思われる水晶のようなパーツが砕け散っている。
完全に、壊れていた。
ただの美しいガラクタ。
俺と同じ、捨てられた存在。
『グルルルル……!』
背後で、金属が擦れる唸り声がした。
振り返ると、巨大な機械犬が俺を捕捉していた。
赤く光るカメラアイが、獲物を見つけた喜びに明滅している。
「……はは、ここまでか」
逃げ場はない。
俺はもう立ち上がる力も残っていなかった。
死ぬんだ。
あいつらに復讐することもできず、誰にも知られずに。
俺の視線が、再び目の前の少女――壊れたアンドロイドに落ちる。
(なぁ、お前も……悔しかったか?)
こんなところに捨てられて。
壊れたまま、誰にも直してもらえずに。
俺の右手が、無意識に彼女の冷たい頬に触れた。
俺には武器はない。
攻撃魔法も使えない。
できることなんて、たった一つしかない。
ガイルたちが「ゴミだ」と笑った、このスキルだけだ。
「……せめて」
どうせ死ぬなら。
最期くらい、俺の全力を使ってみたっていいだろう。
この美しいガラクタを、本来あるべき姿に戻してやりたい。
ただの自己満足だ。
でも、これが俺の生きた証だ。
俺は残った全魔力を練り上げる。
今まで剣や鎧を直してきた時とは比べ物にならない、魂を削るような熱さが指先に集まる。
俺は震える声で、その言葉を紡いだ。
「――【修復(ヒール)】」
その瞬間。
カッ!!!!
俺の手のひらから、太陽が爆発したような黄金の光が溢れ出した。
これまでの地味な光じゃない。
視界を全て染め上げるほどの奔流が、壊れた機工少女へと流れ込んでいく。
砕けた動力炉が逆再生するように組み上がり、断裂した回路が繋がり、失われた装甲が生成されていく。
『警告。警告。規定値ヲ超エル魔力ヲ検知』
迫ってきていた機械犬が、恐れをなしたように後ずさる。
光の中で、少女のまぶたが、ピクリと震えた。
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