第2話『門限となりましたので』

 この世で一番嫌いな《結婚》という単語で頭が痛くなって、まばたきをしたら……。

わたしはどこまでも続く真っ白な空間にいた。


(風邪のせいで夢でも見てるのかな? いいえ、その方向でお願いしたいです!)


だけど、寝かされているベッドから生まれる衣擦きぬずれや、ただよう清涼な香りが、現実だと突きつけてくる。


「あの、ここはどこでしょうか。家に帰して頂けないでしょうか」


目の前の眉目秀麗びもくしゅうれいな六名に向けて、しおらしく頼んでみると、

「この反応……やっぱり手紙読んでないんじゃないか?」というヒソヒソ声が聞こえる。


(え!? この人たち……あの怪文書の差出人……!?)


怪しみながらチラチラと見渡すと、そういえば一人足りない気がする。

不憫ふびんそうにわたしを見つめているのは、先ほどの可愛い男の子。


「………ここは『全神ぜんしんの聖域』。私はオシリス、説明させてもらえるかな?」


しっとりと落ち着いた声で答えてくれて、見た目と全然違って大人っぽい。

さらさらの黒い髪は、角度によっては青く見える。

それを耳にかけて微笑みかける姿は、余裕にあふれていて。


「ああ、それにしても熱が高いね、可哀想に」

と、少年のせた肌色の手がわたしの額に触れた。

意外にもゴツゴツしていて、びっくりしたけど……こちらを見る目があんまりにも柔らかいから。


父親のせいで男性が苦手になったわたしでも、なんとなく信頼できる気がして、

「はい、お願いします」といつもの小声で返事をすれば、彼は語り出した。


「怖がらせてしまって済まない、けれど貴女あなたを傷つけたりしないと約束するよ。

 ──私たち、神の名にかけて」


「……………はい? 神、ですか?」


これはマズい人たちに捕まってしまった。そう内心で焦っていると、


「ちょっと、オシリス。いきなりそれじゃ怪しいよ……。

 人類の常識に合わせるって発想はないの? この子たちは、か弱いんだから」


わたしの代わりに不満を言ってくれた人のセリフも、よく聞いたらおかしいような。

ただ、「誘拐みたいになってごめんね、危なくないからね?」と優しく言ってはくれていて。

そのメガネ越しにも見える目元のクマで、疲れてそうに見えるのに……。

銀髪と水色の瞳のせいか、神秘的な雰囲気をたたえている。


◆◆◆◆


 わたしが変わらず警戒しているのが伝わったのか、他の人がさらに割り込んだ。


「エンキよ、其方そなたも十分にズレている。……你好ニーハオ日和ひよりわれ伏羲フーシー

 やはり結婚の説明といえば、この身を置いて適任な者など、りはしない」


ニーハオ……? 口調がなんだか演技がかっているというか、重々しいというか。

東洋系の二十代に見えるけど、もっと年上なのかな。

クセの強い黒髪で、真っ赤な瞳が怖いけど、芸能人でもこんなカッコいい人見たこと無い。


「は、はじめまして。あの、説明を聞けば……帰らせていただけますか?」


「……無論むろんの様にしよう」


どうにか約束はしてもらえたので、

「ではお聞きしますので、出来れば短めでお願いします」

と話をうながせば、赤い瞳を優しくゆるめ、「心得た」と微笑んで話が続く。


ず、我らは人類を見守る神である。

 人の子らはひとり立ちを目指さんとし、もはや手を離すべき頃合ころあいではあるが……。

 あの通り、どうにも危なげで仕方がない」


ことが進まなくなりそうなので、「神」という前提は聞き流して、彼の指さす先を見る。

そこには不思議な意匠いしょうらされた、まん丸の鏡。

たくさんの文字のような形がからみ合ってふちどられた……繊細で、触ると壊れそうな。

夢のような虹色を映したと思えば、頻繁にノイズのような亀裂が走って、不吉な感じがする。


「あの鏡が映すのは《人類の未来》。かつてないほど不安定になっており、おそらく数年の内に割れる……つまりは、人類が滅亡するということだ。

 しかし我らはれを望まない」


他の人たちから「伏羲フーシーは話が長い」「もっと削れるだろ~」とヤジが入りつつも、赤い瞳の彼は気にせず続ける。


其処そこで、人類がそれぞれ競わんとするさがを、我らが引き受けることにした。

 人間の女性から一人を選び、その者といずれかの神がちぎれば、

 この世から争う心が随分と減るであろう……分かったか?」


(なるほど、さすが神様ですね~。………お考えが深遠すぎて、下々しもじもには分からない!)


「………申し訳ございませんが、門限となりましたので!」


まあまあ約束は果たしたと思うので、途中みたいだけどギブアップする。

ああ、神様。一体どう話し合えば、そうなってしまわれるのか。

そもそもの仕組みが意味不明だけど、そこに至るまでの説明を聞く気が起きなかった。


【離婚なんて絶対しないからな! どこまでも追いかけて、お前たちを追い詰めてやる!】


──あの父親の最後の声が、頭の中で響く。こんなバカな話を聞いたせいだ。

わたしは、お母さんと二人きりで生きていく。

神様であっても……お願いですから、邪魔をしないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る