儚く視えた一輪の花

@08022011

第1話 出会いの輪郭

月原蓮(つきはられん)が彼女ー陽乃詩織(はるのしおり)と初めて話したのは、春風が柔らかくなった頃、まだ何も始まっていないはずだった。

思えば、これが、全ての始まりだった。


今年中学一年生になった僕は、始まりの周縁に浸っていた。あの日の僕は、これが戻れない一歩になるなんて思ってもいなかった。

この気持ちが、いつか僕を泣かせることも、笑わせることも、その時はまだ知らなかった。

ただ、君と目が合った朝だけは、忘れられなくなった。

「ねえ、月原くん」

初めて名前を呼ばれたとき、心臓が一拍遅れた。

それだけのことで、世界が少しだけ近づいた気がした。

「なに?」

「これ、落としたよ」

そう言って差し出されたのは、見覚えのあるノートだった。

ありがとう、と返した声が少しだけ裏返ったことに、君は気づいただろうか。

君は笑って、「よかった」と言った。

それだけなのに、胸の奥がじんと熱くなった。

彼女の名前は陽乃詩織。

その名前を心の中でなぞるだけで、さっきまでの出来事が少しだけ現実味を帯びた。

初めて話した時に感じたあの気持ちは、今はまだわからない。

けれど、知らなかった昨日には戻れない、そんな感覚だけが胸に残った。

そこからは特に接点もなかった。

当たり前だろう。

クラスでも特別目立つ訳でもない。

なにかの才能が突出している訳でもない。

所謂、脇役だ。

そう思っていた僕の考えを、砕いたのは君だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る