勇者をプロデュース!〜戦闘未経験の田舎娘でも立派な勇者に育ててみせます!〜

朴月イチロ

プロローグ:その幕開けは誰のために

『僕らはただ観たいだけなんだ。君たちの“選択”の結末を――』


 この宇宙には、数えきれないほどの“世界”がある。

 日常の裏で魔法少女が戦う町、デスゲームが行われている学校、宇宙からの侵略者と戦う国。


 それらはすべて、神々が造り、育て、鑑賞するための箱庭世界。

 その中で神々が最も熱中している娯楽は、“物語”である。


 人が神々の運命に抗い、選び、迷い、立ち上がる。その姿が、何より面白い。

 

 そんな中、神々は自らの代わりに物語を仕込み、演出する者を生み出した。

 仕掛け役――星綾士ステラリストと呼ばれる者たち。

 彼らの使命はただ一つ。担当する箱庭世界に降り立ち、神々の欲求を満たす「面白い物語」を紡ぐこと。


 ヴァルドもかつては、その中でも名を馳せた一人だった。


 世界と世界の狭間にある虚空の控室。

 闇しかない無重力の空間で、彼は無数の断片映像を指先で弾き、惰性のように眺めては消していた。


 過去に自分が紡いだ世界の数々。

 その中のひとつの断片映像に手が届いた時、彼の表情が曇る。


 (……“あんなこと”さえなければ、まだ今ごろ――)


 ある物語の主人公の死。

 星綾士ステラリストとしての最大の汚点。

 そのせいで、誰も彼に箱庭を任せようとしなくなった。


「……いつまでこんなことしてるんだろうな」


 声に応える者はいない。

 遠回しに「物語を紡ぐに値しない星綾士ステラリスト」と否定された自分は、果たして存在を許されるほどの価値がまだ残っているのだろうか?

 用なしということであれば、さっさと消してしまってほしい。


『随分とまぁ自堕落な生活してるじゃない』


 やさぐれ思考の中、虚空の空間から話しかける声があった。

 姿はない。音声では声が直接頭に入ってくる。


『やあ、調子はどうだい? 元気そうだね』

「おかげ様で……すっかり、忘れられたものかと思ってましたが」


 声色が安定しない。一つの意志のはずなのに老若男女さまざまな声に移り変わって聞こえる。

 星綾士ステラリストたちにとって絶対的な主人でありクライアント。数多の箱庭世界を創造した神々である。


「掟破りの星綾士ステラリストなんて、不要以外の何者でもないでしょう? 消すならサクッとお願いします。夢見るのも飽きたもので」

 『しばらくみない間に、随分とやさぐれたね君……心外だなぁ、君の物語が久しぶりに見たくなったから来たのに』

「俺にまた星綾士ステラリストとして物語を紡げと?」


 正直驚いた。

 『あんなこと』をしでかした星綾士ステラリストに、また箱庭世界を委ねるとは。


「……お払い箱の前に、もう一度チャンスをやるってやつですか?」

『そうとらえてもらって構わないよ。なんだかんだで、ボクらは君の物語はスキだったし。はい、今回の《神託》だよ』


 ふと薄闇の向こうから白い封筒が舞い降りてくるのが見えた。箱庭世界の中で物語を紡ぐ上で神々が指定する基礎設定情報――《神託》には、主に「指定の主人公が何を成すか」、「舞台となる世界の状況」などが含まれる。

 ヴァルドはふわりと降りてくる封筒をおもむろに手に取り、それを指で弾く。すると無数の文字が宙に浮かび、物語の設計図となって組み上がっていく。

 

 かつてなら胸が高鳴った光景。

 だが今は、少しだけ冷たい視線でそれを見つめている。

 

 内容はいたってシンプル。《戦闘未経験の田舎娘が救国の勇者として魔王を倒す》というもの。

「……ただの田舎娘が世界を救う、ね。随分あざとい設定を持ってきますね。」

『仕掛けのしがいはあるでしょう? ボクらを十分楽しませてよね』


 表情はわからずとも声色が弾んで聞こえたので、それなりの期待はかけているのだろう。ただヴァルドは過去の経験から、こういう時の神々は大体『ロクでもないこと』を考えていることが多いのを知っている。

 警戒しつつも、目を伏せて《神託》からの情報インプットに集中する。


(魔王復活の影響で、凶暴化した魔物の脅威に晒される世界……もらった情報範囲上、舞台設定に不審な所は見当たらない、か……)


 このままお役御免で消されるのを待つしかないと思っていたが、まだツキが残っていたらしい。どういう風の吹き回しか知らないが、もらったチャンスは最大限に利用させてもらう。


『言われるまでもないと思うけど、わかってるよね? “二度目”はないから』

「わかってますよ……。もうあんな“バカな真似”はしません」


 インプットを終えたヴァルドは静かに立ち上がり、虚空の一箇所を切り裂くように腕を振り払うと、先程まで何もなかった空間に白く光る『ゲート』が生成された。


 胡散臭さはあれど、星綾士ステラリストとして自分はただ使命を全うするだけである――この扉の向こうが、今回舞台となる箱庭13749番目の世界『オルヴィル』。過去の文明崩壊で、剣と、少し衰退した魔法文明の国。


 「俺はただ、見届けるだけだ」

 そうポツリと呟き、ヴァルドはその身をゲートへ投じると再びそこは薄闇だけが残った。

 

 『――今回は、穏やかに進むといいねぇ? 期待しているよ、君たちの“選択”の結末を』

 

 果たしてこの幕開けは誰のためのものか。

 とある辺境の村にて、その運命は動き出す。

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