第14話

14、村の老人

 杉下栄吉は大本山永良寺の総受所で「大心」という名前の僧侶がいたことを突き止めたが、3人もいたのでそれ以上はどうしようもなかったが、3人目の大心が昭和17年入山で19年には破門され山を出て言っていることを聞き、門前の老人でこのことを知っている人はいないか、知り合いに聞いてみることにした。

 杉下栄吉は大本山永良寺のある門前地区を校区に持つ中学校で担任もしていたし、校長もしていたので、この地区には何人か知り合いがいる。保護者だった人の中にはこの地区でお土産物屋をしている人もいるし、宮大工をしている人の中にはPTAの役員をしてくれた人もいた。そのなかで20年ほど前にPTAの副会長をしてくれた山本さんを訪ねてみることにした。山本さんは50年ほど前からこの地区でお土産物屋を営む店の2代目である。

 線刻磨崖仏がある崖の近くの駐車場に車を停めて杉下は山本さんのお土産物屋を訪ねた。大本山永良寺へ向かう坂道は両側にお土産物屋が立ち並び、観光客を奪い合うように客引きが店の前に立っている。杉下のことを知らない客引きが盛んに声をかけてくる。客引きの勧誘を客ではないと断りながら坂の中腹まで登ると山本屋はあった。山本さんは店先で団子を焼いている。ご利益団子(ごりやくだんご)と言うらしい。

「山本さん、お久しぶりです。中学校でお世話になった杉下です。」

というと

「ああ、先生。久しぶりやね。今日は何かあったんですか。」

と気さくに声をかけてくれた。

「実は少し聞いてみたいことがあって来たんです。この坂を下りたところの崖に線刻磨崖仏がありますよね。地元の方はよくご存じだと思うんですが、その線刻磨崖仏の一つに名前が彫ってあるんです。大心と書いてあるんですが、永良寺で調べてもらったら大心という名前のお坊さんは、江戸時代と明治時代と昭和17年ごろにいたらしいんです。昭和17年頃だったら、この地区の皆さんの中にご存じの方がいるんではないかと思いまして、とりあえず山本さんの所に来たわけです。」

と簡単に説明すると

「昭和17年は私もまだ生まれていません。だから私自身は大心さんというのは知りませんね。じいちゃんは知ってるかな。」

と言って店の奥に行って戦前生まれのおじいちゃんに何か聞いてくれている。しばらく待っていると90歳近いおじいちゃんがよたよたと出てきた。おじいちゃんは杉下の顔を見て

「中学校の先生ですか。あの磨崖仏の事ですね。私はよく知らないけど戦争が終わる前のことだね。何かあったような気もするし、よく覚えてないな。でも大工村の伊藤さんの爺さんなら知ってるかもしれないな。ただ伊藤の爺さんは先月から体調を崩して入院しているよ。年が年だから帰ってくるときにはもう死んでるかもしれないな。どうしても話が聞きたかったら大学病院へ行って見ることだね。」

と話してくれた。病院まで行って話を聞くのは敷居が高い気がして少ししり込みする気持ちを覚えた。これ以上の調査は定年退職する4月以降かなと、半ばあきらめモードに入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る