第2話

2、入山拒否  

その男はここに立ち尽くしてもう3日目だ。山門の前で木の板を叩くと、大きな音が山にこだましこの寺の伽藍中に響き渡る。新参者が来たことを知らせるこの響きに答えるものは誰もいない。ずいぶん待たせてから若い雲水が出て来て、大きな声で追い返すように叫んだ。

「帰れ、帰れ。このお山は道元様ゆかりの厳しい修行道場じゃ。お前のような軟弱者は到底耐えられん。さっさと帰れ。」

と追い返してくる。しかし、この言い方はこの1年目と思われる若い雲水が1年前に上山した時、一つ上の先輩雲水から言われたことを同じように言っているだけで、この山では年中行事だった。普通は先輩や家族たちから

「帰れと言われるけど真に受けて帰ったらあかんよ。みんな言われるんやから。しばらく我慢したら先輩たちが入れって言ってくれるから。」

と言われてくるので帰るものは誰もいない。しかし、この男の場合、1時間後に再び、若い雲水が出て来た時、様子が違っていた。奥で古参の僧侶と相談してきたのか

「帰れ、帰れ、大心。お前はとうに破門された身じゃ。どんなに粘っても貫主様がお許しにはならねえ。大人しく下山しろ。」

と彼の名前を言って破門されたからという理由まで述べている。1年以上前のあの事件をこの若い雲水が知っているはずがない。しかし彼にはどうしようもなかった。ひたすら頭を下げ、上山を許してもらえるように願い続けるしかなかった。

大きな声で帰るように叫ぶと若い雲水は床板を大きく踏み鳴らしながら走り去っていった。それでも諦めず、この男大心はひたすらに立ち尽くし小さな声で般若心経を唱えている。それからはどんなに木の板を叩いて音を響き渡らせても、誰も出てこなくなった。

 3日3晩立ち尽くし、飲まず食わずで上山を願い出てきたが、大心はその日の夕方、突然山門の前で倒れた。8月の終わりではあるが山間のこの地では5時過ぎには日がかげる。気温は下がり、肌寒さを感ずる。倒れた大心を見つけたのは山から芝刈りを終えて戻って来た門前の山男たちだった。門前の山男たちは永良寺のお寺からお寺の所有の山に入って芝刈りをすることを許されている。広大お寺の山から炊事に使う薪を拾い、町に持って行って売り歩き、生活費にしているのである。そのかわりお寺の雑務を担うのである。

 山男の一人が大心を家に連れ帰った。男は大心を土間に寝かせ、かまどに残っていた作り置きの冷たくなった粥を食べさせると大心はようやく息を吹き返した。

「お坊さん、どうしなすった。山門の前でたおれていなすったけど、お山にあがるおつもりでございますか。」

冷たく薄い粥をすすって息を吹き返した大心に尋ねた。

「助けていただきありがとうございます。以前にこのお寺で雲水をしていた大心と申します。戦争から帰って来たので、またお世話になろうかと来たのですが、相手にされません。『来るものを拒まず、去るものを追わず』がこのお寺のモットーだったと思うんですが、私は許されないようです。」

と力なく語った。

「戦争が終わって兵隊がたくさん帰って来たけど、仕事はないし食べられないし、口減らしのためにお寺に入って僧侶を希望する者も多いと聞きます。きっとお寺も定員いっぱいなんでしょうね。」

妙に納得できる意見だったが、大心にはもっと違う、どうしてもこの寺に入れてもらえない理由があった。そしてどうしてもこの寺でなさねばならないことがあった。

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