ここはどこ? あなたはだれ?(1)
「いったいここはどこ…」
白いシーツに横になりながら真っ白な天井を見上げて、私は一人ぽつりと呟いた。
『鎌鼬』なる魔物に襲われていた(?)ところを助けてくれた茶髪の男性――
小鳥遊たかなしさんは車を降りてからもお姫様抱っこで運ぶつもりだったようで、そこは全力で辞退させていただいた。
すでに病院には連絡していると言っていたので、入り口で看護師さんが一人待ってくれていたようだ。
その横に車椅子があるのは見間違いかな…。それもしかして私が使う用じゃないよね? あ、看護師さん私を見て首を傾げてる。そっと車椅子を端に寄せてる! どれだけ大怪我だと思われてたの…。
診察室に着く前には小鳥遊さんは去っていった。まだやることがあるようで、説明はまた後日してくれるらしい。
診察室に入ると、小柄なおじいちゃん先生が椅子に座っていた。
瓢箪のように膨らんだ頬と垂れ下がった眉が特徴的だ。白衣の胸元には黒い糸で、
「鎌鼬に襲われたんだってねぇ。家を出る前はちゃんと警報を確認しないといけないよぉ」
「…はい」
「君は運がいいねぇ。野生の鎌鼬に襲われてかすり傷だなんて、よっぽど弱ってたんだねぇ」
野生じゃない鎌鼬もいるんですか…。
おじいちゃん先生はのんびりした口調とは対称に、てきぱきと傷口の消毒をしてくれた。
その後はいくつか質問に答えて、採血から視力検査まで健康診断のように色々な検査をしてもらい、解放されたのは二時間後くらいだった。
「じゃあ、体調が悪くなったらナースコールを押すんだよぉ」
おじいちゃん先生はそう言って看護師さんとともに病室から出ていった。
容態が急変したときのためにと、念のため一泊だけ強制入院になってしまったのだ。
病室は個室で窓際にテレビが置いてある。なんと部屋の中に洗面所とトイレ、そしてウォーターサーバーまで完備している。ベットの横にある机には白い花瓶と白いアネモネが一輪飾られていて可愛い。その隣にはみかんとバナナが置かれていて、お腹が空いていた私はありがたくそれに手をつけた。
……ちらちらと視界に映る、窓ガラスの外にある鉄格子にはあえて触れない。だってなんか怖いし。特におじいちゃん先生が出てったドアが開くかなんてぜったい確認しないから。
壁にかかっている丸い時計を見ると、時刻は午後十時を過ぎていた。携帯も小鳥遊さんに渡しているので、手持ち無沙汰になった私は、とりあえずテレビのリモコンを押す。
チャンネルをぽちぽちしていると、聞き覚えのある内容に指が止まった。
〝「――捕獲した鎌鼬の三頭のうち逃げ出した一頭は、本日午後六時ごろ、魔物討伐隊により討伐されました。逃げ出した鎌鼬による影響で、道路や建物の一部損壊があったものの、人的被害は確認されておりません――」〟
これは、たぶん、私を襲った鎌鼬のことだと思う。
…結局、魔物について聞けなかった。タイミングかなかったのもあるけど。
こうやってテレビで普通に流れているくらい、魔物が存在するのが当たり前なら、きっと知らないほうがおかしいのだろう。
私を病院に連れてきてくれた小鳥遊さんの腰には、拳銃と短刀が差してあった。
拳銃はわかる。警察の持ってる武器だよね。だけど、刀ってなに!?
びっくりして思わず「かっこいい刀デスネ」と言ってしまった。小鳥遊さんは爽やかな笑顔で「ありがとうございます。これは『脇差わきさし』と言うんですよ。魔物討伐隊に入ると支給される『得物えもの』です」とさも当然のことのように丁寧に説明してくれた。
ちなみに私の荷物は全て魔物討伐隊が保管してくれていて、明日にはちゃんと返してくれるらしい。貴重品は財布と携帯しかなかったが、それも一日預かるみたい。
携帯を預かる主な理由としては、情報の流出を防ぐため、らしい。一応、急ぎの連絡が必要であれば、魔物討伐隊から入れてくれるようだ。私は一人暮らしでバイトも明日の夜だし、それまでに返してもらえるなら問題ないので断っておいた。
テレビでは『鎌鼬脱走事件』として、アナウンサーやコメンテーターの人たちの会話が流れていた。
〝「それにしても、今回の事件でやっぱり魔物の捕獲についてはリスクが大きすぎるんじゃないか、という声がでています。また、魔物討伐隊の縮小も検討すべきだとの声もあるようです」
「魔物を知ることでより戦いやすく、そして素材を有効活用できるように、という言い分もわかりますが…それで民間人を危険にさらすのは違いますよねぇ」
「ええ。聞いたところによると、彼らに支払われている防衛費は自衛隊をも大きく超えると。事実は知りませんが、支払われる金額に見合った働きをして欲しいものです」
「幸い、今回は人的被害がなかったとのことですが。捕獲後に脱走されるなど、あってはならないことです。魔物討伐隊にはしっかり再発防止に取り組んでいただきたいですね」〟
…魔物討伐隊って、あんまり好かれていないのかな?
今回確かに魔物を脱走させてしまうという失態を犯したけど、コメンテーターの発言が批判的に聞こえるのは、今回の事件だけが原因ではないように思える。
なんだかもやもやしてチャンネルを変えると画面が切り替わり、毎週放送されるバラエティ番組が映る。出演する芸人が面白くて、予定がない日は毎週見ていた番組だ。そう言えば今日放送なのを忘れてた。
今日はお笑い芸人の二人組が美味しいと評判のゲテモノ専門店に食べに行くらしい。漫才のような二人の掛け合いをいつものように楽しく見ることができたのは、ゲテモノ専門店に着くまでだった。
〝「やっとお店に着きましたー! さっそく入って行きましょう! うわっ! 見てください皆さん!! 入り口には立派な『牛鬼うしおに』の燻製が飾られています!!」「オレこんなでかい魔物初めて見た!! やばー!!」〟
すんっと無意識に顔が真顔になる。スタジオでは「すごい」「迫力ある!」と声が上がる。
その後も出てくる料理が『一旦木綿いったんもめんノ布端ぬのはじ』や『鉄鼠肉てっそにく』『牛鬼の鼻』など、芸人が魔物料理を食べる姿を見てスタジオはキャーキャー大盛り上がりで番組が終了した。
テレビを消して、背中から白いシーツに倒れ込み、ぼんやりと白い天井を見つめた。
『魔物』なんて、ファンタジー小説に出てくる空想の生き物だ。『鎌鼬』や『一旦木綿』は、昔話に出てくる『妖怪』だ。だけどここではそれらを魔物と言い、それらが現実に生きていることも当たり前で。
気づかないふりをしたかった。夢だと思いたかった。でも、やっぱりここは、今まで私がいた世界ではないのだ。
「――――」
病室にぽつりと落ちた私の声が聞こえた人はいない。きっとこの先もいないだろう。
じわじわと込み上げてくる孤独感から逃れるように、瞼に力を入れ、私はその暗闇に身を委ねた。
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