聖獣使いになった私が世界をひっくり返すまで
ミサキユウ
第1話 改変の狭間で
プロローグ ◇ 改変の狭間で
何もない無の世界。視界は白一色に包まれている。
ここに踏み入れてから重力が無くなり、フワリと体が浮いた。
すぐ隣にいたはずのハーレイさんとスピナの姿が見えなくなった。
私は不安になり、肩に止まっている聖獣スワローに頬を寄せて、消えていないことを確認する。 柔らかい感触、銀色の燕は優しく頬をくすぐった。
『スワロー、皆の位置はわかる?』
念話で問いかけてみる。
『・・・ダメみたい、この空間はダンジョンの改変中らしく、聖素がうまく働かないね』
スワローがそう答えた。
私は声を出してハーレイさんの名を呼んでみたけど、声というか音が出なかった。
音も、重力も、風も、匂いも、気配も、何もかもが感じ取れない、ただ真っ白な空間。
これがハーレイさんの言っていた、自動生成ラビリンスによる改変というやつだろうか? すると待っていれば、新しく改変されたダンジョンが展開されるのかな?
不安に煽られながら、暫く何もない空間と睨めっこした ————
どれくらい経ったのだろうか、わずかに変化があった。
上の方に空が見え始めた。まるで地上のように澄んだ空。ダンジョンから外に出たのではないかと錯覚するほどの空間が広がった。
続いて巨大な正四角柱が現われた。
・・・大っきい・・・
四角柱の長さはざっと三百歩くらい。表面の質感は磨いた大理石のような光沢。その柱が無数に、点在して宙に浮いている。
まるでモニュメントのようなそれは、神秘的な雄大さがあった。
そして、突如として自分の体に重力が戻った。
加速しながらどんどん落ちていく。だけど、周りの石柱は浮いたままだ。
ひとまずスワローに聖素を送って、風元素に変換してもらう。風元素を体に纏わりつかせ、落下速度の調整と防御幕を展開した。
この空間は複製されたダンジョンコアを使って魔族が創り出したもの。おそらく、自分たちが有利になるようなギミックやトラップが仕掛けられているはず・・・
私は注意して、一本の正四角柱の上に降り立った。
『大気の状態が正常に戻ったよ。改変は終わったみたいだね・・・聖素で探査してみる?』
『お願い』
まずは逸れた仲間と合流しないと・・・・
『!!』
肩に乗ったスワローが何かに気づいて飛んだ。
私も異変に気づいて、その方向を見る。
・・・何かいる・・・・大きい・・・魔獣?・・・
くぐもった唸り声が微かに聞こえた。大きな羽音が近づいてくる。
速い! いや、速いってもんじゃない! さっきまで点だったのに、一瞬ではっきりと認識できるまで近づいて来ていた。
『エルクゥ、あれって何!? 虚界でも見たことがない姿だよ』
『私だって見たことない・・・けど・・・』
姿形は鳥ではない。肢体は蛇のように細長い。手足は無いけど四枚の大きな翼があり、頭には数本の角と背びれが後ろへと続いている。
頭はドラゴンに似ているけど・・・蛇にも見える。
この姿、見たことがある。王都の古代美術館で見た壁画にそっくりだ。その絵のタイトルは[原始の竜 ワイアーム]と記されていた。
あっという間に近づき、旋風を巻き上げながら、私たちの頭上スレスレを通り過ぎた。そして、器用にも長い体をクルリと一回転させ、石柱の上に轟音とともに降り立った。
『見つけたぞ魔族め!! よくもオレを騙したな!!』
カッと口を開き、息を大きく吸って構えた。
『なっ! ちょっと待ってください、私は人間です!!』
慌てて念話を送ったが止まってくれない。
口に魔素が集まっていくのが見えた。
とっさに左側に空爆を放って、その反動で右側へと避けた。その直後、音波による衝撃波が足元の大理石をえぐった。
『エルクゥ!』
吹き飛んだ私を、スワローが水元素の幕で衝撃を緩和し、受け止めてくれた。
『ぬぬ、オレの初撃を避けるか。 勘のいい奴め、ならばこれはどうだ!』
私が体制を立て直すやいなや、ワイアームが体を回転させながら向かってきた。
『ちょっと、待って!! 待って!!』
必死に叫ぶが、声が届かないのか、それとも聞く気がないのか、まったく反応せず突っ込んでくる。
・・・ダメだ、本気で対抗しないとやられる・・・
私は緩衝材になってくれた水の幕を広げて、体を包むように丸い形状へと変化させた。
ギギィィーーン!!
ワイアームが体に風元素の衝撃波を纏わせて突進してきた。私は丸い水球体を回転する風方向に合わせ受け流した。
『ぬぬ! これも逸らしたか!』
ワイアームが唸り声を上げた。大きく蛇行して向きを変える。その隙に私はスワローへと聖素を大量に送った。
相手は私にしか注意を払っていない。今なら・・・
風元素で移動しつつ、後ろ背に石柱が来るように角度を調整した。
『そのような泡など、これで砕いてくれわ!!』
ワイアームの体を取り巻く元素が変化した。紫色のスパークが走る。
うわぁ、まずい・・・あれって紫電波だ。導電性のある水幕では防げない。
私も慌てて元素を切り替える。とはいっても、スワローが使える元素は水と風だけ、対抗するには私が唯一使える土元素だけど・・・ここは上空。この環境では不利だ・・・
それでも、何もしないよりはマシ!
私は服の上から胸元の宝石。アーティファクトに魔力を注いで土元素へと変換する。
『魔族よ!! このプラズマトルネードを受けてみよ!!』
ワイアームが咆哮を放った。
全身が銀色のプラズマに包まれ、白銀に輝く姿へと変化した。
・・え!?・・これって、聖獣が使うバーストアタックとよく似ている。
この攻撃は受けてはだめだ。私はそう判断して、目の前で重力圧縮弾を破裂させた。
その反動を利用して後ろへと急速後退する。
自分で放ったとはいえ、凄まじい衝撃で頭がくらくらする。そんな中、急いで体に重力防壁を形成する。ワンテンポ遅れで、ワイアームが突進を仕掛けて来た。
私を追ってくるワイアーム。軽くて風圧抵抗が少ない分、私の方が若干速い。
急速後退したその先 ———
狙い通り、大理石の石柱へと背中を激しく打ち付けて止まった。岩にめり込んだ肢体を引き剥がして、なんとか下へと回避。その直後———
ドドドーーーンン!!
激しい衝突音と爆風に煽られ、私は木の葉のように吹っ飛ばされた。
ぐるぐる回って、どっちが上だか下だか分からない。
そこへ突然と現われた水の塊に、頭から突っ込んで止まった。
「ぐはっ! ・・・ゴホッ・ゴホッ・・・」
おもいっきり水を飲んだのは言うまでもない。この水玉はスワローが用意してくれたもの。 何も伝えてないのに、ちゃんと用意してくれるの本当に助かる。
『エルクゥ、見て! あいつ引っ掛かってる』
見上げるとワイアームが石柱を貫通して、体の途中にある翼が引っ掛かり、抜け出せないでいた。
これはチャンスだ。
『スワロー、いける?』
『うん、聖素はまだ残ってるよ』
スワローの持つ最大の攻撃手段、バースアタック。
『やるよ!』
聖素を燃焼させ、スワローの体全体が銀色に輝く。そして、分裂した霊体が一斉に散開して、ワイアームに向けて飛来した。
数十体の輝く燕が、連続して頭や顔面に激しく衝撃を与える。
『ぎぎぐ・・・おのれ・・・よくも・・・』
バーストを全弾打ち込まれ、ダメージも相当入っているはずなのに、ワイアームは激しく首を振り動かす。身をよじって石柱から逃れようと必死だ。
あれだけヒットしたのに、なんてタフな体なんだろう・・・うわっ、まずい、体を回転し始めた。このままじゃ出ちゃう。
ここから抜けだされたら勝ち目なんて無い。かといってバースト以上の攻撃をスワローは持っていない。再度撃つにしても聖素の量が足りない。
『どうするの? エルクゥ』
『どうなるか分からないけど、一か八か・・・スワロー、フォローをお願い』
ワイアームが抜け出る前に勝負をかけるしかない。
私は体内に残っている聖素を全てスワローに渡し、次に宝石の方に魔素を流して、土元素へと変換した。スワローはその間に水の防御幕を私に張ってくれた。
石柱の上に移動し、両手をついて意識を集中させる。石柱の中に土元素を急いで流し入れる。入れながら中の状態を探った。
・・・この石柱は空間に固定されている・・・どこかに楔があるはず・・・
・・有った、これだ・・・全部で四つ・・・重力衝撃を当てて、解除・・・
石柱の中で砕け散る感覚があった。
「出来た。 わっ!」
ガクンと、巨大な石柱が震え、一気に降下し始めた。
『ぐっ、おのれ・・・ キサマの思い通りにはさせんぞ!』
片方の翼が外に出た。まずい、もう抜け出てしまう。
私は石柱全体に重力制御を施し、クルリと回転させた。ワイアームの頭が真下にくるように調整する。
そして、そこから重力バランスを変化させ、一気に落下の速度を上げた。
『ぐおおおお!! キサマ正気か!? 』
吠えながら必死に藻掻くワイアーム。だが、強烈な動圧に押し付けられ、身動が取れない。
私の方も、全身を石柱に縛り付けられたように圧着され、息ができなかった。
・・・ちょっと、やり過ぎた・・かな・・
『う・・・エルクゥ・・もうダメ・・』
一緒になって貼り付けになっていたスワローが、大理石の表面を滑って外へと投げ出された。
ああああぁ、どうしよう!?
・・・地表が見えてきた・・風圧で目が開けてられない・・・
重力制御しようとしたけど、加速が強すぎてビクともしない。
このままいったら間違いなく、ぺしゃんこになる・・・・
やだ! こんな終わり方なんて!! いやだっ!!
私は最後の力をふり絞った。 ありったけの魔素を使って、石柱の上下をひっくり返した。
ドォオオオオオオオーーーーーンン!!!
巻き起こる粉塵。砕け散る石柱。出来上がる巨大クレーター。吹っ飛ばされる私。
ついでに意識も吹っ飛んだ。
◇ ◇
——— どれくらいの間、気を失っていたのか。
「・・・生きてた・・・・」
こういうの、これで何回目だろうか。
聖獣使いになって・・・・まさか、こんなにも生死の境を彷徨うなんてね・・・ふふっ
熱いものが頬を伝って流れ落ちた。
嬉しいとか悲しいとか、そうゆうのではなく、この瞬間を迎えるたびに自然と涙が出てくる。
生きていたのは運が良かっただけ・・・この先は分からない。
私の選択はこれで良かったのだろうか?
ふと、ハーレイさんと出会った時のことを思い出す ———
―――――――――――――――――――――――――――――――
この場面は第55話あたりのお話です。次からが本編の第1話になります。
この先も読んで頂けたら幸いです。
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