深夜のコンビ前で出会った三十二歳限界キャバ嬢と出会った話

白鷺雨月

第1話 0時5分前にあった蛇のようなキャバ嬢

 11月末の深夜23時55分、買い物をすませた僕は近所のコンビニを出た。

「ちっなんでこんなときに火がつかへんねん」

 コンビニを出たところの喫煙スペースで派手な服に派手な化粧の女が盛大に舌打していた。

 100円ライターを何度もカチカチとつけようとしていた。

 真っ赤なルージュの引かれた唇には細いたばこが咥えられている。

 僕はウエストポーチの底を探る。

 前に友人にもらったアニメキャラが描かれたライターがあったはずだ。

 手探りでさぐると硬い感触がある。

 握って取るとバニーガールのアニメキャラが僕に微笑みかけていた。

 ちなみに僕はたばこは生まれてこのかた二十六年吸ったことはない。

 僕はその血のような真っ赤なルージュをひいている口の悪い女の前に差し出す。

 その女は驚いた顔で僕を見る。

「あ、ありがとうさん」

 関西のイントネーションだった。

 ああ、そうだ。ここは大阪だから当たり前か。

 こっちに引っ越して約半年、なれたはずなのに時々少しだけ驚いてしまう。

 女は僕の手を握るとライターでたばこに火を点けた。

 しゅぼっという音と共にたばこに火がつく。

 派手な化粧の女はたばこの煙を深く吸い込む。

「はあ、うまいわ」

 派手な化粧の女は実に美味そうにたばこを吸う。

 たばこの美味さって豚カツやラーメンの美味さとどうちがうのだろうか。

 気になるので僕は女に聞いてみた。

「いや、それはまた別もんやん」

 派手な女は何が面白かったのかけらけらと笑う。

「私は深雪みゆき。深い雪ってかいてみゆきっていうねん」

 こてこての大阪弁で自己紹介された。

「ぼ、僕は鈴本孝仁すずもとたかひろっていいましゅ」

 さっきは自然にしゃべれたのに自己紹介になって噛んでしまった。

 むちゃくちゃ恥ずかしい。

 派手な女こと深雪はけらけらと笑う。

 鼻から煙を吐き出す姿のほうが面白い姿だとおもうんだけど。

孝仁たかひと君っていうんや。ライターありがとうな」

「いえ、どういたしまして」

 僕はそう言い、その場を立去ろうとした。

「ちょっと待ちや」

 町家ってなんだ。

 京都の住宅のことか。

 いや、違うな待てという意味か。

「孝仁君、暇やったらうちと、もうちょっとしゃべらへん」

 僕は暇ではない。

 家に帰って割り引きシールの貼ってある豚のしょうが焼き弁当をたべないといけない。

 しかし化粧の濃い女が目を見てくるので動けなくなった。

 あれだ蛇ににらまれた蛙というやつだ。

 たしかにこの深雪という女は蛇に似ている。

「孝仁君ってこんな夜中に何してんの?」

 深雪はとんとんとコンビニ前に置かれている灰皿に灰を落とす。

「何って晩ごはんを買いにですよ」

 僕はこれみよがしにコンビニのレジ袋を深雪に見せる。

「こんな夜中に?」

「だって仕事終わりですから」

「今まで仕事やったん。孝仁君もたいへんやな」

「深雪さんは?」

 聞かれたことを僕も聞いてみた。

 まあだいたい答えはわかる。

 見たまんまおそらく水商売だろう。

「うちはキャバ嬢やってんねん」

 案の定の答えが返ってきた。 

 そう言えばキャバ嬢と話をするのは初めてだ。

 お店に行けばキャバ嬢と話をするのにけっこうな金額を払わないといけない。

 ということは僕は得したのか。

 いや、得だとは思えないな。

「僕は警備員です。ビルとかショッピングモールとかの」

「そうなんや。たいへんやな。泊まりとかあるの?」

「ええまあ。24時間勤務とかありますし」

「やっぱり夜の仕事はたいへんやな」

 深雪はたばこを一本吸いきり、灰皿に捨てた。

 箱から二本目を取りだして口にくわえる。

 蛇のような目で僕を見てくる。

 仕方なく僕はライターを差し出す。

 深雪は僕の手を握り、火を点ける。

 深雪の手は思ったより温かくて、柔らかであった。

 女性に手を握られるのは久しぶりだ。

 前に手を握られたのは健康診断のときの採血以来か。

「まあたいへんといえば、たいへんをですかね」

 僕の言葉のあと、深雪は手を離した。

 何故か、手を離されたことを残念に思ってしまった。

「せやな、夜働くのってたいへんやよな。普通のひとが休んでいるときに働くんやからな」

 深雪はせやなのすぐあとに煙を鼻からだした。

 女性がたばこの煙を鼻からだす姿はめったに見ることは出来ない。

 その姿は滑稽だ。

「そうですね」

 と僕は当たり障りのない返事をする。

「うちな、いつまでこの仕事できるんやろって思うねん。先月で三十二歳になってしもたねんな。限界キャバ嬢や。同級生なんかもう小学生の子どもいるんやで。界隈じゃあおばはん扱いや」

 深雪はやのあと口から煙を吐き出す、

 鼻から煙をだす姿をみれずに残念に思う。

 三十二歳か僕よりも六歳年上なのか。

 単純計算で僕が小学生一年生のとき六年生だったいうことか。そう思うと深雪という自称限界キャバ嬢がとんでもなく大人に見えた。

 たばこも吸うし。

「そんなことないですよ」

 僕はお世辞を言った。

「ほんまににうれしいわ。孝仁君、口が上手いな。もてるやろ」

「そんなも、もてませんよ。彼女いた事ないし」

「そうなん、意外やわ。可愛い顔してるから、うちもてると思うけどね」

 女の可愛いは信用してはいけない。

 前にXで見たポストが思い出された。

「そうなんや」

 また深雪はやのあと煙を鼻から吐き出した。

 深雪は二本目のタバコを吸い終わり、灰皿に押しつける。

「ほな、おもろかったわ。ありがとうな孝仁君」

 そう言うと深雪はハイヒールをかつかつと鳴らして、この場を立ち去った。   

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