アサガラン
蟹谷梅次
第1話 蝉が鳴く冬
物語の始まりはいつも突然だ。
今日は
浜田清美さんは母の友人だった。
小さい頃、よく遊んでくれた記憶がある。
唯一の家族である母が死んだあと、よくしてくれた人でもある。
洋菓子店でケーキを四切れほど購入。
そのレシートを見てびっくりした。お高くて仰天。
そして、家に到着する。
呼び鈴を押す。しばらく待って違和感を覚えた。
浜田さんはいつもすぐにやってきて、入れてくれるからだ。
三回目の呼び鈴プッシュで異変。
磨りガラスの引き戸を引いてみると、ガラリと開いた。
浜田さんは自分が家のなかにいるうちは鍵を閉めないようなガバガバなセキュリティだけれど、出かけていたとしたら鍵は絶対にかける。
車はない。
あの人が鍵を閉め忘れるとは思えない。
戸を開く。あの人の靴がすべてある状態だった。
そして、そのうちの一つの、運動靴がつぶれている。
蝉の声が響く白い空と白い雲。
その下で、呟いた。
「ケーキなんか買わなきゃよかった」
◆
誘拐された。
俺だけじゃない。
そこには複数の人がいた。老若男女関わらずに誘拐。
犯人たちは普通のスーツを纏っていて、「神に捧げる贄はこのくらいでいいか」というのうな不気味なことを話し合っている。
俺は自分が死ぬのだとわかると、震えが止まらなかった。
もしこれが都合のいいフィクションなら、ここにはきっと警察がやってきて、この犯人たちを拘束して俺たちは無事に解放される。
しかし、これは現実だった。
俺はきっと殺されてから腐るまでま見つからない。
最悪の場合、腐って白骨になっても見つからず、野生動物の餌になってしまう。家族は俺を捜すだろうけど、七年たっても見つからないと諦めてしまうかもしれない。
そういうことがわかった。
みんな不安そうな顔をしていた。
けれど、そのなかで一人だけ安心したように「大丈夫だよ」と俺たちに言い続けるババアがいた。
現実が見えていないんだろうか?
俺たちいまから死にますってところなのになんで大丈夫なんだよ?
「大丈夫だからね。たぶん、そろそろ来るから」
ババアは俺の腕時計を見ながら言った。
なにが来るんだよ、と聞き返そうとした次の瞬間、車が停まった。
急ブレーキに姿勢を崩した。
「なんだ! なんだなんだ!」
「いきなり前に現れやがって、死にてぇのか!」
犯人たちが叫んでいた。
しかしそれもおとなしくなる。
「ありがとう、
「感謝はいらない。遅れたくらいだ」
これが、俺が彼を知った最初の冬だった。
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