MAGIA

こはねマミー

邂逅


 昼休み直前の休憩時間。

 授業を終えた教室は、一気に騒がしさを取り戻していた。


 八重誠は自席に座ったまま、周囲のざわめきに耳を傾けていた。生徒たちはそれぞれの友人と輪を作り、思い思いに話している。その話題の多くは、決まって同じ方向へと流れていた。


「ねえ聞いた? 三組の子のお兄さん、ガーデンにスカウトされたんだって」

「マジで?やっぱ才能ある人は違うよね」


 女子生徒たちは目を輝かせ、まるで自分のことのように誇らしげに話す。

 男子生徒の机の周りでは、タブレットに映し出された映像を囲みながら、熱のこもった声で話していた。


「この動き、反応速度おかしくない?」

「Aランク隊員らしいぞ。やっぱとんでもないな……」


 ガーデン。


 それは、もはや日常の一部のように語られていた。


「俺もガーデン入れたら、あんな活躍できるのかな……」


 誰かの呟きが、誠の耳に届く。

 その言葉に、誠は小さく視線を落とした。


 ――現実は、そんなに甘くない。


 誠自身が一番よく知っている。

 自分のエナジー量は、ガーデン内でも最低水準。戦闘技術も、特別秀でているわけではない。所属してはいるが、ランクは最下層。憧れと現実の間には、どうしようもない溝が存在する。


 そんな思考を切り裂くように、けたたましい警報音が、校内に鳴り響いた。


 一瞬で、教室の空気が凍りつく。


『緊急放送。繰り返します、緊急放送』


 天井のスピーカーから、聞き慣れたガーデンの音声が流れる。


『当校敷地内にてゲートの発生を確認しました。生徒および教職員は、速やかに指定避難場所へ移動してください』


 ざわめきは悲鳴へと変わった。

 恐怖、混乱、動揺。様々な感情が入り混じり、生徒たちは教師の指示を待つことなく動き出す。


 誠も立ち上がり、人の流れに身を任せた。


 一方、ガーデン統制管理室。

 巨大モニターには、学校敷地の俯瞰図と、青黒く歪む円形空間が映し出されていた。


「エナジー波長一致……中型エネミー、サソリ型。コードネーム《アンタレス》、二体確認」


 冷静な報告が飛ぶ。

 指示役は一瞬思考し、すぐに決断を下した。


「現場に最も近い出久隊を緊急出動。民間人の被害を最優先で防げ」


 命令は即座に実行に移される。


 同じ頃。

 夕張蓮は高校の近くで、完全に道に迷っていた。


「ここ、どこだ?」


 見知らぬ街並み。

 慣れない世界。蓮にとってそれは、もはや日常だった。


 そのとき、空間が歪んだ。


 青黒い円形。

 強烈なエナジー反応。


「ゲート」


 好奇心が、恐怖より先に立つ。

 蓮は自然と、その方向へ足を向けていた。


 そして、高校の敷地内で――それを見た。


「アンタレスか」


 サソリ型エネミー。

 知識と記憶が即座に一致する。


「戦いたいな」


 その一心で、蓮はフェンスを越え、敷地内へと侵入した。


 八重誠は、体育館へと避難していた。

 だが、中に入った瞬間、背後で轟音が響く。


 壁が、砕け散った。


 瓦礫と共に侵入してきたのは、巨大なサソリ型のエネミーだった。


 生徒たちは悲鳴を上げ、四散する。

 しかし、一人だけ、足がすくんで動けない生徒がいた。


 アンタレスはその生徒に近づき、鉤爪を振り上げる。


「――っ!」


 誠は、考えるより先に動いていた。


「マギア、起動!」


 手首の腕輪が白く発光し、誠の身体を包む。

 白服の仮想戦闘体。誠はアイギスエッジを展開し、アンタレスの前に飛び込んだ。


 金属音が響く。

 振り下ろされた一撃を、どうにか防ぎきる。


「……ガーデンの人……?」


 助けられた生徒が呆然と呟く。


「いいから逃げろ!」


 誠の叫びに、生徒たちは我に返り、出口へと走り出した。


 誠は押し返そうとする。

 だが、力の差は明白だった。

 誠が押し返そうとするほど、アンタレスの鉤爪は重くのしかかる。


 その瞬間、もう一体のアンタレスが、壁を破壊して突進してきた。


「――っ!」


 とてつもない衝撃。

 誠の身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 視界が揺れる。

 立ち上がろうとするが、足が動かない。

 恐怖が、身体を縛りつけていた。


 アンタレスが、ゆっくりと近づいてくる。

 勝ち誇ったように鉤爪が、誠へと向けられる。

 そんな中、誠は過去の出来事を思い出していた。

 

 ――橘唯。

 ――その姉から、唯を任された日のこと。


「……ここで、終われるわけないだろ……」


 歯を食いしばり、誠は立ち上がる。

 だが、力の差は残酷で明白だった。


 そのとき。


 何かが、現れた。


 一瞬、ただそれだけで、一体のアンタレスが撃破された。

 


 夕張蓮の目に映ったのは、一人で必死に戦う青年の姿だった。


 明らかに、無謀。

 圧倒的な力の差。

 だが、そこには確かな意志があった。


 守りたいという、感情。


「……あいつは、特別だな」


 蓮は呟き、マギアを起動する。


 黒色の仮想戦闘体。

 蓮は一瞬で距離を詰め、拳を振るう。


 それだけで、アンタレスは消え去った。


 もう一体が襲いかかる。

 蓮は体勢を低くし回避する。

 そして、蹴り上げる。


 すぐに跳躍し、アンタレスの背後を取る。

 そして放たれる強烈な一撃。


 アンタレスは床に叩きつけられ、活動を停止した。

 蓮は静かに着地し、マギアを解除する。


 そして、誠へと視線を向ける。


「無事か? ヒーローくん」


 その声が、誠の耳に届いた。

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