銀十字騎士団の騎士さまたちはなぜ私を愛してしまうのか?

狩村猟平

プロローグ

第1話 百年前・魔王城にて

一週間にも及ぶ魔王との交戦が、ようやく終わった。

『謁見の間』の天井には、複数の破損個所が生じており、そこから黒く濁った雨が吹き込んできている。

 ここに踏み込んだ時には華麗華美な様相だった室内もひどい有様になっている。

 どこもかしこも黒焦げ、もしくは強酸にさらされてブスブス煙を上げている。

 力尽きた魔王の巨躯からはどろりとした緑色の粘液がしとどに流れ、床に大きい池を作っている。


「やれやれ、ようやく終わったか」

「おーいソロス、『加護』はもういい。ごくろうだった」

「そんなこと言って、『死んだふり』で三回も騙されたじゃないですか」

「大丈夫、大丈夫、今度こそ死んだ。まちがいないって」

「おいおまえら、うかつにふらふらするな。戦闘中に仕込んでおいた地雷がまだ相当数残ってる」

「危ねえな。さっさと解除してくれよ」

「ははは、今やってる。とにかく少し待て」

「よおコルテーゼ、地雷に何仕込んだんだ?」

「火球、雷撃、風斬。どれが出るか試してみるか? SSRは魔法生物の特性毒ムカデ。一つ当ててみろ」

「ふざけんじゃねえ」

「足の傷がかなり深いな。デルトリアかソロス、どっちでもいいけど最後の回復、一発頼む」

「いえ、私もさすがにちょっと魔力の残量が……」

「おーすまんすまん。じゃあデルトリア? おーい、勇者さま?」


「――皆、ちょっとこっちに来てくれ」


 デルトリアは魔王の死体、というか残骸の近くまで歩み寄っていた。

 彼が率いる四人の騎士たちは、なにごとかと集まってくる。


「これを見てみろ」


 五人が顔を寄せ、十個の眼球が同じものを見る。

 それは、一見すると奇妙に歪んだ魔方陣のようだった。

 渦巻きとイバラのトゲが規則的なパターンで円形を構成している。


「これは……なんだ?」

「この城に入って以降、高位魔族の体の一部にこういった紋様が入っているのを見かけたことが数回あります」

「じゃあ、魔族の紋章、とかそういったものか?」

「でも、ここまで完全な形のものは一つもありませんでした。必ずどこかが欠けていたり、あるいは色が薄れていたり」

「ちょっと待て、こいつ、まだ活動停止してないぞ。魔力の波動を感じる」

「なに!」

「いや早まるな、魔王そのものは完全に死んでる」


 五人が見守る前で、その『紋章』はじわりと光を発し、魔王の体から離れるようにゆっくり浮上した。


「見ろ! 他にもある」

 見上げると、魔王の体の各部から同じような光の塊がふわりと空間に浮上していくのが見えた。


 五人はその様子を茫然と眺める。

 まるで意思を持つかのようにそれらの光はからみあい寄り添いあい、ひときわ強い一個の光球となる。

 いや、意思のみならず視覚まで備えているかのような気配を感じる。

 五人が一様に『見られている』という感覚を強く持った次の瞬間。

 その光球は一筋の尾を曳いて天上の大穴から空の彼方へと飛び去っていった。

 ややあって、誰かが言った。


「……何だったんだ、あれ?」

「――さあな」

「十三個」

 デルトリアがつぶやく。

「なに?」

「魔王の体から離れていったあの『紋章』の数だよ。全部で十三あった」


 五人は無言のまま、光球の去っていった空の彼方を見る。

 ひどく不吉な予感が、彼らの胸に等しく兆していた。

 誰かが言う。


「なにか、よからぬことでも起きなきゃいいが……」


 しかし残念ながら、彼らの予感はずっと後になって的中することになる。

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