遺失物等追跡センター(L.O.T.C.)
平山桂翠
遺失物等追跡センター 組織概説
1. 設立の背景
我々が「現実」と呼ぶ強固な理は、実際には常に微細なエラーと磨耗に晒されている。
物理法則の僅かなズレ、論理の欠落、あるいは因果の逆転。
これらは本来、世界の修復機能によって即座に修正されるべきものである。
しかし極めて稀に、修正から漏れ、現実の枠組みから完全に脱落してしまう物品や事象が存在する。
これらはもはや正常な世界の一部ではなく、かといって存在しないものでもない。
行き場を失い、世界の隅々に堆積していくこれらを、我々は「遺失物」と定義した。
2. 我々の存在意義
遺失物等追跡センター(Lost Object Tracking Center、以下L.O.T.C.)は、現実から零れ落ちた断片を捕捉し、記録することを目的に設立された。
我々の活動は、救済でも解決でもない。
路傍に落ちた石を数えるように、あるいは消えゆく星を記録するように、ただそこに「存在した」という事実を台帳に記す。
記述されることによってのみ、漂流する遺失物は暫定的な所在を与えられ、世界のデータベースの一部として固定される。
我々は世界の守護者ではなく、世界が排泄したエラーの目録を作成する事務官に過ぎない。
3. 社会における位置付け
L.O.T.C.は、既存のあらゆる国家、国際機関、あるいは法執行機関の枠組みの外側に位置する。
通常の行政が「生存者の安全」を優先するのに対し、我々は「記録の正確性」のみを優先する。
そのため、センターの活動が一般市民に知られることはなく、また知られる必要もない。
我々の作成する台帳は、人類のためではなく、この世界がかつてどのような形をしていたか、その欠落の履歴を保存するために存在する。
運用規定への移行
以上の組織理念に基づき、具体的な業務遂行にあたっては以下の業務規程を遵守するものとする。
遺失物等追跡センター業務規程
第一章 総則
第一条(目的)
本規程は、現実の構成要素から逸脱し、本来の所在または因果を喪失した事象、物体および概念(以下「遺失物」という。)の取扱いに関し、必要な事項を定めることを目的とする。
第二条(定義)
本規程において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 有形遺失物
物理的実体を持ち、かつ、既存の物理法則に適合しない性質を有する物品または構造体をいう。
二 無形遺失物
音響、光学的現象、熱量、記憶その他の物理的実体を伴わないエネルギー体であって、周囲の環境に異常な干渉を及ぼすものをいう。
三 概念遺失物
言語の定義、論理、数理、社会的な合意形成その他の認識上の枠組みから欠落し、独白して存在する情報をいう。
四 受理
調査員が遺失物の存在を確認し、所定の台帳に記録する行為をいう。
第三条(基本原則)
センターにおける業務は、遺失物の客観的な記述および記録に限定される。
2 調査員は、遺失物の発生原因の究明、社会への影響の阻止、または人類の保護を目的とした活動を行ってはならない。
3 遺失物への干渉は、正確な記録のために必要な最小限の範囲にとどめるものとする。
第二章 受理および記録
第四条(受理の手続き)
調査員は、遺失物を発見または拾得したときは遅滞なくこれを精査し、受理台帳に登録しなければならない。
2 一の遺失物につき、一の受理番号を割り当てるものとする。
第五条(記述の方式)
受理台帳への記述は、事実に基づき、簡潔に行わなければならない。
2 記述にあたっては、形容詞その他の主観的表現を排除し、数値、状態、および観測された事実のみを記載するものとする。
3 調査員の個人的な推測または所見を記載する場合は、特記事項の欄に明記し、事実と混同されないよう措置を講じなければならない。
第六条(遺失物のクラス分類)
受理された遺失物は、現実の構造に与える影響および記述の優先度に応じ、次の各号に掲げるクラスに分類する。
一 クラス:デルタ(境界的逸脱)
現実の物理法則と矛盾するが、その影響範囲が限定的であり、かつ周囲の因果律に深刻な連鎖崩壊を引き起こす恐れが低いものをいう。
二 クラス:ガンマ(持続的変質)
特定の座標または対象に定着し、中長期的に周囲の環境を書き換え続けるものをいう。観測者に対する認識災害のリスクを伴うことが多い。
三 クラス:ベータ(広域概念浸食)
社会的な合意形成、言語、あるいは生物学的共通認識を損なわせるものをいう。放置した場合、都市単位での文明活動が停止する恐れがある。
四 クラス:アルファ(根源的因果崩壊)
重力、時間、因果律といった世界の根幹を成す定数そのものが剥落した状態をいう。単一の事象が世界全体の崩壊に直結する極めて重大な遺失物。
五 クラス:オメガ(終局的現実閉鎖)
未来、および次サイクルの発生定義が完全に遺失した状態をいう。受理と同時に世界そのものが単一の拾得物として確定し、あらゆる記述および観測が完結する。
第三章 保管および廃棄
第七条(保管の区分)
受理された遺失物は、その性質に応じて次の各号に掲げる区分により管理する。
一 永久保管
性質が安定しており、長期の記録が可能なもの。
二 時限保管
時間経過とともに減衰または消滅が予想されるもの。
三 監視放置
移動が不可能であるか、または収容すること自体が記録の妨げとなるもの。
第八条(廃棄の基準)
センター長は、遺失物が次の各号のいずれかに該当すると判断したときは、当該遺失物の記録を終了し、廃棄または放置の処理を命ずることができる。
一 特異性が消失し、通常の物品または現象と区別不能となったとき。
二 物理的な崩壊により、これ以上の観測が不可能となったとき。
三 保管を継続することが、センターのアーカイブ全体の完全性を損なう恐れがあるとき。
第四章 情報管理および外部接続
第九条(秘密保持)
調査員は、業務上知り得た遺失物の詳細情報を許可なく外部に漏らしてはならない。
2 本アーカイブへの外部からのアクセスは、原則としてすべて未認証として扱い、読み取り専用の権限のみを許容する。
第十条(外部情報の処理)
民間人その他の外部主体から寄せられた目撃情報等は、これを通信ログとして受理することができる。
2 前項の情報は、その真偽にかかわらず、事実関係の補足資料としてのみ取り扱うものとし、センターから当該主体への回答または協力要請は一切行わない。
第五章 雑則
第十一条(委任)
本規程に定めるもののほか、遺失物の運用に関して必要な事項は、別に定める。
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