橙花果凛はTSFを書きたい──お持ち帰りした美少女は、男装とTSF小説が大好物でした
風波野ナオ
1話:学園屈指の美少女が月夜に泣いていたのでお持ち帰りした
「
思わず、声をかけていた。
月明かりの下、公園のベンチでうずくまる女の子。
名前だけは知っている相手だった。
綺麗なストレートの髪が真夜中の満月に照らされて、艶のある黒に光っている。
もうすぐ深夜だというのに、高校の制服のままで。
足元には、通学カバンと小ぶりのボストンバッグが置かれていた。
こちらに気がついたのか、彼女は顔を上げた。
整った顔立ち。その頬を、涙が伝っていた。
「……君は、誰?」
声が、かすれていた。少し震えているようだ。
九月とはいえ、少し冷えてきていた。夏服ならなおさらだろう。
「誰でもいい……助けて。一晩でいいから……泊めて……くれないか」
□ ■ □ ■
駅から十五分。4LDKのアパートが僕の家だ。
リビングにあるソファに座った彼女は、深々と頭を下げた。
「ホントありがとう。ベンチで夜を明かさずに済んだのは君のおかげ……えーと」
「名前は
僕は、ただ目立たないだけの奴。
誰かが『紺色の空』から連想して、『
黄昏のあとの、暗くも明るくもない、曖昧な空。上手いこと言ったもんだと思う。
「──で、君は二年A組の
百七十五センチの長身に、すらりとしたスタイル。目鼻立ちのくっきりした美人。
成績は学年十位以内をキープ。運動神経も抜群。
性格は明るくて面倒見が良い、少々姉御肌。おまけに実家は資産家。
「クラスが違うのに、よく知ってるわね」
「そりゃあ……よくB組の友達と話しているのを見かけるからね」
半分は嘘だ。確かに彼女は僕のクラスへよく来ている。
でも本当は、学園の上位グループに属していて有名だから知っていたんだ。
「知り合いでもないのに、どうして助けてくれたの?」
言うなれば、彼女は『陽』の住民。太陽のような存在。
対する僕は『
住んでいる世界が違う。太陽が空にある時、薄暮は空に存在しない。
正直なところ、放っておいても良かった。
もしも手の届かない存在に手が届くとしたら、何を思うだろう。
僕は、僕自身の心に切り込みたくなった。これでも一応文芸部所属、小説家だから。
「なんでだろうね」
そんな事を彼女には言えないから、僕は適当にごまかした。
「──ま、それはいいわ。改めて。紺野君、ありがとう」
「いいよ。困った時はお互い様さ」
「ところで紺野君」
「呼び捨てでいいよ」
「それじゃあ、紺野。ご家族に挨拶しておこうと思うのだけど、どちらに?」
「実質、僕の一人暮らしなんだ。母は会社の偉い人で、なかなか帰ってこない。姉貴は二年前に結婚して、大阪へ行ったから」
「お父様は?」
「僕が生まれてすぐ死んだって母から聞いている」
「……ごめんね」
「気にすることはないよ」
ブーッ、ブーッ
スマホが震えた。母からのメッセージだ。
色々面倒になることを避けるため、橙花のことは既に伝えてあった。
『心配しないで。何日泊まっても良いと、橙花果凛さんに伝えなさい』
「母さんからだ。心置きなく、何日でもいていいってさ」
彼女の表情が、ふっと緩んだ。
ブーッ、ブーッ
更にメッセージが飛んできた。
『橙花のご両親に連絡しました……』
「──母さんが橙花の親御さんに連絡を取ったって」
「……!」
驚いたのか、彼女はソファの上でぴょこんと跳ねた。
背筋がぴんと伸びて、緩んでいた表情が真剣になる。
「なんて、言ってた?」
「橙花の親御さん、頭が冷えるまで帰って来るなって言ってたそうだよ。だからしばらく家にいていいって。一体どうしたの? よかったら理由を話してくれないか」
「……」
沈黙が落ちる。
「ま、まぁ無理に答えなくてもいいよ」
橙花は一度頭を振ると、ため息を付いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ちょっと親と……やり合っちゃって。取るものもとりあえず飛び出してきたんだ」
とりあえずとは言っても、通学カバンに小さな旅行カバン。
それなりの準備はしていたように見えた。
「当面は姉貴の部屋を使うといいよ。ベッドもあるし、服も残ってる。好きにしてくれればいいよ。盆と正月も帰ってこないし」
「……!」
ぱっと顔が明るくなる橙花。
「紺野のお姉様って、どんな服が好みだった?」
「うーん、割とガーリー系かなぁ。それがどうしたの?」
「えーと、制服今のうちに洗っておきたくて。着替えようかなって」
「うん、案内するから付いてきて。風呂も沸いてるから、好きに入って。タンスにあるタオルやインナー、存分に使っていいから」
「恩に着るわ。……ガーリーな服かぁ。フフ、楽しみ」
そんなに楽しみなのか?
さっきとはうってかわって、橙花はいつの間に笑顔になっていた。
(つづく)
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