20代までの怪談小噺

@Kohaku_Niki

第1話 桃の香り

私の家には昔から仏壇があった。

母親は某宗教組織の一員で、重度の信仰者でありその宗教組織の教えや考えを子供にも読み聞かせする人間だった。私は小さい時から色んな話を聞かされており子供ながらに内心では「そんな事あるかなぁ」と思いつつも何かある事にもしかしたら神様が見ていたのかもしれないと良いことも悪いことも目に見えないもののせいにしたりおかげにしたりして生きていた。


「桃の香りがする」「おかん、仏壇で線香焚いた?」

小学生から高校生くらいまでの話である。

家の中を歩いているとふとお線香の匂いがするのだ。その匂いは場所はあまり関係なく突如として現れる。脱衣所であったりトイレの中であったり少しだけ桃の匂いを漂わせたお線香の匂い。

私はその匂いを感じた時、決まって母親に尋ねた。

「なぁ、仏壇でお線香焚いたやろ?」

母親は決まって答えた。

「焚いてへん、神様が通ったやんや」と。

母親曰く、仏様や神様にとって現世、下界と言うのはとても臭(くさ)い場所らしい。

なのでその臭(にお)いを紛らわす為に身体にお線香の匂いをつけておりてくるそうだ。

私は大抵その時「ふーん」と答えつつそんなもんかなどと感じていた。

しかし今思えば、あれはやはり母親がお線香焚いていたのだと思う。母親は子供に自らが信仰している宗教の正しさを信じ込ませる為にならある程度の嘘はついていたからだ。

「〇〇総理大臣はうちの組織の一員」

「歯が痛い時はうちの組織のお経を頬に当ててれば痛みが引く」

「お経を読み始めてから毛が生えてきた」

どれも今考えれば滑稽で、とても信じれないものであったが

当時は完全に信じていないにしても、やはりそんなものか、と私も歯が痛い時にはお経を頬に当ててみたりもしていた。

何故、今思えば母親がお線香焚いていたかと思うかと言うととても単純な話で、大人になり実家を出てからそんな事は1度もないからだ。

一人暮らしをしていても友達の家に行っていても

テーマパークや近所の公園で突如として現れる桃の香り、お線香の匂いを感じたことは1度もない。

思えばそもそも実家に住んでいた時も、家の中以外でそのような事が起こった事が1度もなかった。


いや、それは違うかもしれない。

ある、1度だけだが家の外で


あれは私が18歳くらいの時だ。

当時私がアルバイトをしていたお店から深夜1時頃に電話が掛かってきて、今からヘルプで来てくれないかと言われたのだ。

私はめんどくさい気持ちを抑えながらも行くと伝えて夜の道を自転車でアルバイト先のお店まで走っていた。その道中には大きな下り坂があり下った先には踏切があった。深夜帯は踏切も電車が来ない事から開きっぱなしで、人通りや車も無いこと、また夜中にアルバイト先に向かわないといけないめんどくささから私は、自転車のフレームに足を起き、肘でハンドルを操作し無防備に坂を降りていっていた。

半分程まで走った時だった。

目の前に小さい男の子が道の真ん中にしゃがんでいたのだ。

まるで3角座りをしてこちらの顔を覗いてるかのように。

私は急な男の子の出現に驚愕したが肘でハンドルを操作している以上ブレーキも踏めずまた足もフレームに置いていた事で咄嗟に地面に足を当てることも出来ず

肘でハンドルを無理やりに切り、盛大に転んでしまったのだった。

自転車は坂を降りていた事もあり、私の身体は勢いよく転がり身体中に痣や切り傷、かすり傷が出来ていたがそんな事よりも男の子の事が気になり私は倒れた自転車もそのままで後ろを振り向いた。

しかしそこに男の子など居ず、静寂な夜の坂があるだけであった。

その瞬間である、後ろを振り向いてる私の後ろで

「ファーーーーン」と何かが走ったのだ。

私は正面を向いた。そこには開けっ放しの踏切があり、そこを(恐らく)点検用の電車車両が走っていったのだ。


もし私があそこで転ばずにそのまま坂を下りて行ったと考えると今でもゾッとした。

間違いなく私は点検用の車両に轢かれていただろう。


その時だ。微かに私の鼻腔をくすぐったのだ。

あの桃の香りが。お線香の匂いが。



後日談


私は勿論、身体中に怪我もしており

アルバイトには行けずそれどころか病院に救急車で向かうことになった。

母親は夜中だと言うのにお経を読むのに必死で

病院からの電話には気付かず、駆けつけることはなかった。

最悪大きな怪我はなく翌日の朝には退院し私は実家に帰った。

そこで母親に事の次第を伝えた。

母親は

「お母さんな、昨日お兄ちゃんの事考えてお経読んでたねん、お兄ちゃんかもしれへんなぁその子」と言い

私にある写真を見せてくれた。

それは亡くなった私の兄の子供の頃の写真だった。

兄は写真の真ん中で友達に囲まれながら恥ずかしそうに3角座りをしてカメラをまるで覗くかのように見つめていたのだ。









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